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《直木賞受賞》「60歳になるまで、私はあと4年しかないんです」作家・窪美澄が見据える“老い”とこれからの作家人生

『夜に星を放つ』直木賞受賞インタビュー#2

2022/07/22

――書かれるものはいつも、一発逆転のハッピーエンドみたいにはなりませんよね。その人が再生するまでというよりも、再生の可能性を示唆するところまでを書かれるという印象もあります。そこにはどういう思いがありますか。

 フィクションで一発大逆転する面白さはすごくあると思うし、私もそういう映画などは大好きですけれど、なんとなく自分が書く小説としてはリアリティがないと思いがちなんです。ちょっとした可能性を、ほのかな光を見せるぐらいで終わらせるという頃合いが好きなんでしょうね。「わあ、すごいハッピーエンドで面白い」というものもいつかは書きたいですけれど、今の気持ちとしては、ひそやかな希望をとどめて終わる、みたいな話が好きです。

デビュー作『ふがいない僕は空を見た』(新潮文庫)

「生きててくださればオッケーです」という子育て

――それと、窪さんの作品は人々の生きづらさを描きながらも、生を肯定的にとらえていると感じます。『ふがいない僕は空を見た』の「だから、生まれておいで」という言葉や、今回の「真夜中のアボカド」の、母親の娘に対する言葉などが心に残りましたが、他の作品からもなんというか、「生きていいんだよ」と伝わってくるものがあります。

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窪 私は最初の子どもを生まれてすぐに亡くしているんですね。今いる息子を育てている間は、ずっと、「生きててくださればオッケーです」って思っていました。この子がどんなことをやろうと、何があろうと、生きていてくれればオッケーです、って。それを読者の人にも自然な形で伝えたい、という気持ちがあります。

 すごくつらい状況でも、とりあえず1日生きてみて、って思うんです。死ぬことだけは避ける、という感じで1日1日を生きていくと、もしかしたら辛いことをしのげるかもしれない。たとえば、ちょっとした息抜きに本を読んで、明日続きを読もう、と少しずつ日を刻んでいったら、それが1年になっているかもしれない。

©文藝春秋

――今回の『夜に星を放つ』でも、辛いことがいろいろある昨今、読む人の心が少しでも軽くなってくれたら、という思いがあったそうですね。

 コロナ禍になってから、みんな日中すごく気を張って頑張っているじゃないですか。そういう時に生々しい現実を書いた重い小説を読んですっきりする方もいると思うんですが、自分の場合はそこから少し距離が生まれたんです。それより川端康成や谷崎潤一郎といった昔の文豪の作品を読んで、このヒンヤリしている感じがいいなと思ったりしていました。

 ですから、この本に関しては、寝る前に1話ずつ読んで、ちょっと心が温まったとか、ちょっと涙が浮かんじゃったといった、ふわっとした思いで1日が終えられるものになったらいいな、という思いがあります。

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