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ソニー創業者・井深大が49年前に提唱した「ゼロ歳教育のすすめ」

人間として立派な人を育て上げるのが21世紀への課題だ

2018/01/04

source : 文藝春秋 1969年5月号

genre : ライフ, ライフスタイル, 教育, 企業, 社会

 これに似た話は、インドのほかヨーロッパなどにもたくさんある。最近の新聞でも、アフリカのモザンビークのジャングルでの話が伝えられている。

 今から23年前、原住民の若妻が、夫の留守中に死んだ。そして、生まれたばかりの赤ちゃんの姿が消えていた。

 数カ月後、一群のヒヒの中に、お母さんヒヒの乳房に人間の子がしがみついているのが発見され、これを取り戻そうと何年もの間、いろいろな企てがなされたが、いずれもうまくいかなかった。これが頑健に育って獰猛(どうもう)な「ヒヒ男」に成長し、ヒヒのボスにおさまっているのがしばしば見かけられた。

 今から4年前、木の上で眠りこけているところを発見され、とうとう捕えられた。格子小屋に入れられ、根気よく再教育を始められたヒヒ男は、やっと物を食べ出し、人間のように立って歩くようになった。その後、学者たちは、いろいろ調査を続けているという。

4歳までの発達状態が、その人の能力の高さを決める

 以上は、悪い教育や環境におかれた場合の実例であるが、もし生まれたばかりの赤ちゃんに、できるだけ刺激を与えずに、いつまでもそうっとしておいたら、どんなことになるだろうか。おそらく知能の発育は遅々として進まず、後からでは手遅れになってしまうだろう。赤ちゃんの聞く母親の愛情のこもった話しかけや、子守り唄、つねに聞こえる音楽、あるいは目にうつる家族たちの動きなど、外からの刺激が刻一刻と赤ちゃんの頭脳を形成し、成長させていくのである。

 また、もしわれわれが、3万年前の石器時代に生まれていたと仮定したら、どんなに良い頭脳を親から受け継いでいたとしても、石器時代にふさわしい能力しか発揮できなかったであろう。

 世界で初めて幼稚園をつくったフレーベルは、「人間が生まれてからものを言うまでの成長は、小学生がニュートンのような大学者にまで成長するよりも遥かに大きな成長である」といった。

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 シカゴ大学のブルーム教授の1000件以上にわたる詳しい検討の結果によると、人間のいろいろな特性には、それぞれ特有の発達曲線があり、知能についていえば、生後から4歳までで、人間の知能の発達は約半分すんでしまう。4歳から17歳までで、残りの半分が完成される。大切なことは、ゼロ歳から4歳までの進歩のカーブが、残りの4歳から17歳までのカーブを決めてしまうということである。

 したがって、ゼロ歳から4歳までの発達状態が、その人の能力の最終的な高さを決めてしまうのである。4歳から6歳までの間ならば、まだこの曲線の傾きを変えることは可能だが、遅くなればなるだけ、これを変えることは困難になるとのことである。

 人間は一番高等動物なのに、脳はほかの動物よりも大変未熟な状態で生まれてくる。ほかの動物は生まれて数時間たてば、自分で歩いて母親の乳房を探し出すのが普通である。

 猿は生まれて1週間もたつと、大人の猿と同じような行動をする。もし、人間に同じことが要求されるとしたら、もう1年母親のお腹の中にいなければならない。そのかわり、人間と猿との知能の違いは今日ほど大きなものになっていなかったであろう。いいかえれば、人間は生まれて1カ年の間に、大変な教育あるいは外からの刺激をうけることによって脳の発育を促されるのである。

脳細胞だけは生まれたときのまま

 人間の脳は約140億の細胞からできあがっていて、この細胞は一生ふえも減りもしない。ほかの部分の細胞は、ある時間たてば全部入れ代わるが、脳細胞だけは生まれたときのままである。しかし、脳の重さは生まれて6カ月で倍になり、2歳で大人の60パーセントになる。

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 これは、各脳細胞から枝状の突起が出てきて、成長し、たがいにからみあう現象が始まるからである。これは、だいたい8、9歳で大人の95パーセント完了してしまう。

 コンピュータでいえば、140億個のトランジスタどうしの基本的な配線がなされ、回路ができあがっていくのである。

 この配線は、どの人間も同じような配線ではなく、生まれたときから、どういう刺激を受けるかによって、各人全部違った配線になるのだと想像されている。

 赤ちゃんの脳細胞からの突起は、毎日毎日のびてからみあっていく。一刻の休みもなくこの営みが小さな赤ちゃんの頭の中で行なわれている。しかも、その発育がその人の将来を決定してしまうのだとしたら大変なことである。生まれたての赤ちゃんからの問題を、われわれは真剣に考えなければならないのはこの点にある。