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ソニー創業者・井深大が49年前に提唱した「ゼロ歳教育のすすめ」

人間として立派な人を育て上げるのが21世紀への課題だ

2018/01/04

source : 文藝春秋 1969年5月号

genre : ライフ, ライフスタイル, 教育, 企業, 社会

 それから、われわれは「教育」ということばについて、もう一度認識を改める必要がある。子どもが日本語をしゃべるようになるのに、親がそれを教育によるものと思うだろうか。“教育”といわずに行なわれる教育が最善の教育といえるだろう。

 教育は、母親のことばや、動作、心のもちかたなど、あらゆる刺激が子どもに鋭敏に伝わって、その子を形成していくことに始まるのである。ところが、さて教育ということになると、学校の先生はみんな知識の積み重ねに狂奔(きょうほん)して大きな間違いを起こし、人間にとって大事な“考える能力を育てる”ということを忘れてしまう。今日の入学試験が知識の暗記を要求しているので、先生としてはしかたがないことではあるが。

 しかしつねに考えておかなければならないことは、“高い知能の人”を目ざすのでなく、“いい人がらの人”をもっと高く評価していただきたいということである。

©文藝春秋

21世紀のために

 私は幼児、特にゼロ歳からの教育の重大さを日一日と痛感するようになった。

 私がこの話をすると、大部分のかたは心から賛成してくださる。しかし、感心されただけでは何も進行しないので、「幼児開発協会」という会を結成することにした。

 鈴木先生の今日まで積み重ねてこられた業績を基盤とし、音楽だけでなく、できるだけ広い範囲から“ゼロ歳からの教育”を改めていこうというのである。

 しかし、ほとんどの分野が未開拓分野である。児童心理学でも、教育学でも、大脳生理学でも解明されていないことばかりである。

 これを解決していく主体は学者ではなく、お母さんがただと私は信じている。いろいろな、たいへんな実験も実証も、お母さんがたによってはじめて可能になる。

 協会は、その実験の方向を打ち出し、各方面の実験・研究を自分でもするし、各方面の援助・指示もしていきたいと考えている。

 ゼロ歳からの教育は、決してやさしいものではないだろう。

 しかし、これから育てる赤ちゃん、これから生まれる赤ちゃんは、21世紀をせおっていく人たちである。その人たちが「人間として立派な人間」になるために、私たち大人は、あらゆる努力を惜しんではならないと考えるのである。このことこそ、大きくいえば良い世界を生む大きな力になるだろう。

 現状の大学問題をいくらひねってみても、決して日本はそんなに良くならないだろう。

(注)本文には、鈴木鎮一先生の「愛に生きる」、雑誌「才能教育」、時実先生の「脳と人間」、「リーダーズ・ダイジェスト」1969年2月号などから多く引用した。

* * *

《解説》教育の投資効果は「早ければ早いほどいい」

社会学者・古市憲寿

 人間にとって重要なのは「遺伝」か「環境」か。昔から繰り返されてきた議論だ。

 だが結論は極めてシンプルである。答えは「どっちも大事」。

 橘玲さんのベストセラー『言ってはいけない』で紹介されているように、知能や病気に遺伝が大きく関わっていることは間違いない。

 しかし環境が全く無意味かというと、そんなわけでもない。

 井深さんが端的に指摘するように「われわれが、3万年前の石器時代に生まれていたと仮定したら、どんなに良い頭脳を親から受け継いでいたとしても、石器時代にふさわしい能力しか発揮できな」いからだ。

『サピエンス全史』によれば、ホモ・サピエンスは約7万年前には現在と変わりのない知能を獲得していたとされる。つまり7万年前の人類に比べて、僕たちが特段賢いわけではないのだ。それにもかかわらず、7万年前と比べて、現在の世界ははるかに繁栄している。

 それは、人類が継承をする種族だから。道路や建物という具体的なインフラに加えて、知という人類の共有財産を継承することで、ホモ・サピエンスは発展してきた。

 知を継承する代表手段こそ、教育に他ならない。

 では、どんな教育をすることが、人類にとってプラスになるのか。

「遺伝」か「環境」かと同じくらい、教育は百家争鳴になりやすい議論だ。しかし、これにもほぼ答えが出ていることがある。それは「早ければ早いほどいい」というもの。

 経済学者クルーグマンの研究で有名になったが、教育の投資効果は、子どもが小さい頃のほうが高い。なぜならば自制心やコミュニケーション能力といった非認知能力は、子どもが小さい時に最も身につきやすいからだ。クルーグマンは、5歳までの環境が人生を決めると述べている。

 ようやく最近では、就学前教育の重要性が日本でも認識されるようになった。3歳からの教育無償化、ひいては3歳からの義務教育も実現しそうだ。

 しかし井深さんは、なんと1969年の時点で「ゼロ歳教育」の重要性を説いていた。今から約半世紀も前のことである。教育の主体を主に「お母さん」と考えている点は時代だと思うが、「ゼロ歳からの教育の重大さ」を訴えるくだりは、今読んでも古臭さを感じない。

 僕も『保育園義務教育化』という本を出版している。タイトル候補には「ゼロ歳からの義務教育」があった。国が就学前の子どもに対しても、きちんと責任を持って、保育園や幼稚園を整備すべきという趣旨だ(別に全員が毎日通園しろという意味ではない)。

 井深さんが生きていたら、「ゼロ歳教育」をいっそ「義務教育」にしてみるのはどうですか、と聞いてみたかった。

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