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ソニー創業者・井深大が49年前に提唱した「ゼロ歳教育のすすめ」

人間として立派な人を育て上げるのが21世紀への課題だ

2018/01/04

source : 文藝春秋 1969年5月号

genre : ライフ, ライフスタイル, 教育, 企業, 社会

 では、生まれたての赤ちゃんに、われわれはいったい何をしてやれるであろうか。

 私は、日本が子どもの早期教育については、世界でも一番たくさんの立派な実例を持っている国であることをお伝えしたい。

 一昨年の夏、米国から61人の小・中・高校・大学の先生達が来日し、松本市の鈴木鎮一先生のところで約3週間、バイオリンを主とした幼児の早期教育を学んで帰った。

 何でも外国の方が進んでいると思っている日本人には、ちょっと考えられないことである。

 鈴木先生は米国の2つの大学から名誉博士号を与えられ、毎年数回、米国に招かれて指導をしておられる。

 米国では鈴木メソードは、すでに音楽教育の問題ではなく一般教育の基本問題として各州で競って研究実験が始められ、鈴木教室からは常に数名の先生が派遣されている。

 米国の教育関係の大学の先生方は、相当数、松本もうでをしているのにもかかわらず、日本ではそれほど話題にもならないのは不思議なことである。

「どの子も育つ、育て方ひとつ」

 鈴木教室の「鈴木チルドレン」と呼ばれる主として10歳以下の豆演奏家達は、今年で4年、毎年1カ月ぐらい全米各都市を演奏旅行し、どこでも多くの人たちを感激させている。このチームの活動が鈴木メソードを全米に認識させる大きな原動力になったのである。

 日本でも毎年3月末、武道館に2000名もの小は3歳からの豆バイオリニストが一堂に会して、ビバルディだのバッハの曲を一糸乱れず大合奏する。当たり前の人間なら涙を流さないではいられないであろう。

©iStock.com

 鈴木先生は、才能教育の本質について、

「この難しい日本語をしゃべれる能力というものは大変なものだ。にもかかわらず、日本中の子どもがみんな立派に日本語をしゃべっている。この能力は決して生まれつきのものでなく、生まれた瞬間から、そういう環境条件がそなわったところで教育が始まるからできるのである。どの子どもでも、日本語がしゃべれる能力のある子ならば、どんなことでも教え方で高い能力をそなえる可能性を持って生まれてきているのだ。そうだ、どんな子でも日本語をしゃべり、バイオリンをひけるように、何でもやれるはずだ。問題は導き方だけだ」

 という信念をもたれるようになった。その思想を、鈴木先生は一口に「どの子も育つ、育て方ひとつ」と表現されている。

 鈴木先生の子どもへの指導ぶりを見ていると、誰でもひきこまれて楽しくなってしまう。

 子どもに、心から興味を持たずにはいられないような雰囲気をつくり出し、決してモーツァルトのお父さんのような強制的なところはない。初めからバイオリンを与えることはせず、最初の曲をさんざんレコードで聞かせて頭に入れてしまう。

 次に、たくさんの子どもたちがバイオリンを楽しそうにひいているところに何度も連れて行き、どうしてもバイオリンを自分からやりたい気を起こさせる。

 もう一つは、どんなに先へ進んでも必ず最初の曲まで、常に後もどりをしてくりかえさせることも大きな特徴である。

 鈴木先生にいわせると、譜面は参考のためにあるので、譜面を読みながらひくのではなく、曲は全部頭へたたきこむのが最初の仕事であるといっておられる。

 これらはよく、天才教育とか英才教育であって、タレントをつくる目的のために行なわれるのだというように誤って伝えられ、また、中にはそんなつもりの親たちもないではないが、本旨は、どの子も持っているいろんな能力を可能性いっぱいに引き上げようとする一般教育に対する考え方なのである。

 にもかかわらず、バイオリンには、ほかの手段では得がたいようなメリットがあることにもちょっと触れておきたい。