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77年、運命の夏

≪東京大空襲≫ガラガラ、ガラガラーッ!B29から籠状の焼夷弾が撒き散らされ下町は火の海になった

≪東京大空襲≫ガラガラ、ガラガラーッ!B29から籠状の焼夷弾が撒き散らされ下町は火の海になった

『文藝春秋が見た戦争と日本人』より#2

2022/08/12

source : 文春ムック 文藝春秋が見た戦争と日本人

genre : ライフ, 社会, 歴史

note

風上の北に逃げるか、風下の南に向かうか

 その晩は強い北風が吹いていましたから、北の荒川放水路の方角はもうどうにもならないくらいの火の海に見えました。同時に、北から黒い煙がものすごい勢いで、奔流となって襲って来ていましたから、おやじには風上に逃げろ、と言われはしましたが、とても北へ向かう勇気はなかったですねえ。

 たしかにこの場合、勇気と言っていいんだと思います。北の方向に6、700メートルぐらい行けば、荒川の土手に出られたんです。そこまで辿り着ければなんの問題もなかったんですよ。

 ただ、それは後から考えれば、ということであって、その時はとてもじゃないが火と煙を突っ切って行けなかった。それで仕方なしに仲間4人で一緒に南の方へ逃げることにしたんです。大きな道路(現在の八広はなみずき通り)を小走りで逃げ始めました。

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 そこへあちこちの路地からも逃げようとする人たちが合流して来ますから、ぞろぞろと大きな人の流れが出来て南に向かって行く。ところがこの時にはすでに南の方も火の海になっていましたから、南の方角からも同じように大きな人の流れが押し寄せて来る。

 その人たちが口々に、

「向こうに行っても駄目だ駄目だ」

 と叫んでいるから、私たちも、

「こっちも駄目だ駄目だ」

 と大声で言い返す。

 南から逃げて来た人たちと私たちが合流して、おたおたしながら、しばらくどうすりゃいいんだと行ったり来たりしていたんですが、結局、一緒になってまた南の方に下って行くことになりました。

背中に火がついた! そして……

 火に囲まれて逃げている最中、私の背中に火がついたのはどのあたりでしたか……。飛んで来た火の粉が着ていた綿入れのチャンチャンコに燃え移ったんです。まるでカチカチ山の狸みたいなもんです。私の後ろを走っていたおじさんが声をかけてくれた。

「おい、そこの坊や、背中に火がついているぞ」