昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2022/08/22

塩地 高校時代は、よく部屋に閉じこもって、勉強もせずテレビを見たりラジオを聴いたり、そんな無為な毎日を過ごしていました。

 入学式で、担任の先生に「君は東京大学に進んで、アナウンサーになったらいいよ」とおっしゃっていただいたんです。ご厚意だと今なら思うんですが、思春期の私は反発したくなってしまって……。結局、そのまま大学受験も志望校に失敗して。それが人生初の大きな挫折でした。

 大学では後悔したくなかったので、同級生は飲み会やサークル活動を楽しんでいたけど、私はアナウンサーになるための勉強に励んだんです。地元のアナウンス学校に通って、夏休みには、東京にあるテレビ朝日のアナウンススクール(テレビ朝日アスク)に行きました。

――とはいっても、学生時代にハメを外したくなったことはありませんか?

塩地 1度だけ合コンに行ったんですけど、男性が目の前で「この子がいい」と言い出して。そんなあからさまな光景を見たことがなかったので、友達とすぐに帰りました。その時の衝撃がトラウマになったのかもしれません。

「福利厚生のいい一般企業も受けていました。“安定志向”だったんです(笑)」

――そもそもアナウンサーを志望した理由は?

塩地 きっかけは、小学生の時の授業で教科書を音読していると「アナウンサーに向いているんじゃない?」と褒められたことでした。そこからだんだんと、アナウンサーが「憧れ」になったんです。

 大学時代、アナウンサーを「目標」として行動するなかで、「正しく聞き取りやすい日本語で情報を伝えたい」と各テレビ局の入社試験を受けました。

――その結果、秋田朝日放送のアナウンサーになります。