その上で、薬物問題を考える際には「乱用・依存・中毒」の違いと、その相関性を理解することが重要です。また、中枢神経に影響を及ぼす薬物の種類や作用について知っておかなければ適切な対応はできません。ここでは、薬物乱用のメカニズムと薬物の作用などについて分かりやすく解説します。
「乱用」の結果、「依存」が生じる
そもそも、「乱用」とは社会的なルールから外れるような目的や方法で薬物やその他のものを使用することを指します。乱用はあくまでも「行為」です。薬物を注射で打ったり、吸引して使うことを意味しています。
シンナーや接着剤などの有機溶剤にはそれぞれ本来の用途がありますが、そうした用途を外れ、吸引して酩酊感を得ることは「乱用」に当たるわけです。さきほどのトシのように、薬物乱用者のなかには何ら問題なく日常生活を送っている人が沢山います。この人たちは、まだ酷い「依存」に陥っていません。
「はじめに」でも説明しましたが、薬物乱用を繰り返した結果、脳が変容して「薬物がほしくてたまらない」「止めたくとも止められない」など、自分で自分をコントロールできなくなってしまう。こうした状態は「依存」に陥っていると言えます。つまり、依存は乱用の結果生じる“症状”なのです。「乱用は行為」、「依存は症状」という両者の違いをご理解ください。
WHO(世界保健機関)は薬物依存について〈薬物の精神作用を体験するため、あるいは、ときにはその薬物の欠乏からくる不快を避けるために、その薬物を継続的ないしは周期的に摂取したいという衝動を常に有する状態〉と定義しています。薬物依存はひとつの精神疾患なのです。精神保健福祉法でも、薬物依存症は精神疾患と規定されています。
薬物の持つ“依存性”とは、このように人の脳を変えてしまう性質のことを言います。したがって、覚醒剤などの乱用薬物は「依存性薬物」とも呼ばれています。そして、この依存性こそが「薬物の問題の根源」になるのです。依存性があることで、使用者はとめどなく薬物を欲し、そこから抜け出せなくなるわけです。
精神依存と身体依存
薬物依存の本質は精神依存とされていますが、便宜上、「精神依存」と「身体依存」に分けられます。精神依存は、薬物がほしいという欲求に抗しきれず、自制が利かなくなる「脳の障害」です。
たとえば、タバコに含まれるニコチンは精神依存を引き起こす作用が強いとされます。タバコが切れた時、急にイライラとし始め、しまいには雨風のなかでも構わずタバコを買いに飛び出し、ありついた途端に気分が落ち着く。これなどは典型的な精神依存です。精神依存に起因するのが「薬物探索行動」で、読んで字の如く薬物を探す行動(行為)のことを言います。タバコが切れたときに職場の喫煙仲間に「1本くれるか」とねだったりするのも、無性にお酒が飲みたくなって深夜にコンビニや自動販売機に走るのもそうです。
「もう覚醒剤はやらない!」と決意して、手持ちのパケ(小分け用のポリ袋)をゴミ箱に捨てたものの、すぐに気分が落ち着かなくなり、さきほどのゴミ箱をあさり始める。これなども典型的な薬物探索行動と言えます。
他方、薬物の効果が切れてくると手足が震えたり、痙攣発作を起こしたり、ときには身体の痛みで動けなくなったりすることがあります。これが身体依存です。ヘロインなどの抑制系の薬物では、このような「離脱症状」がよく見られますが、実は、アルコールもその一種に挙げられます。
アルコール依存症の人は、アルコールの血中濃度が低下してくると頭痛や動悸、手足の震え、発汗、吐き気といった様々な症状に襲われ、重篤なケースでは幻覚や幻聴が生じることもあります。これらの症状から逃れようと、さらにアルコールに耽溺してしまう。覚醒剤やコカインは精神依存の代表格で、ヘロインやアルコールは身体依存と精神依存の両方を有しています。
一方、薬物の乱用を繰り返すと脳も身体も薬物に慣れて、同量では効かなくなる現象が生じます。これが「耐性」です。一旦、耐性ができあがると、徐々に、かつ確実に薬物の摂取量が増えていきます。覚醒剤の場合、当初0・03グラム程度の使用量だったものが、数年後には0・1グラムを注射するようになってしまう。抑制系のヘロインなどはより耐性ができやすいと言われており、使用量は目に見えて増加していく。つまり、「依存」に加え、この「耐性」が事態を悪化させる引き金になるわけです。