「後方警戒の空白」
警察庁が発表した「報告書」は、未曾有のテロ事件の主因をこう結論づけた。
【令和4年7月8日に奈良市内において実施された安倍晋三元内閣総理大臣に係る警護についての検証及び警護の見直しに関する報告書】
こう題された文書は、7月に発生した安倍晋三元首相の銃撃事件での警備上の問題点について、全国の警察組織のトップである警察庁が検証した内容をまとめたものだ。54ページにわたる報告書には、安倍元首相に2発の銃弾を浴びせ、絶命させた山上徹也容疑者による犯行の一部始終が克明に記されている。
なぜ、憲政史上最長政権を築いた大宰相は凶弾に斃れたのか。そして、生死を分けた「2.7秒の空白」とは。
「人心の一新をはかるべく、私自身については本日、国家公安委員会に辞職を願い出た」
中村格警察庁長官が会見で8月限りでの辞意を表明した25日、警察庁が国家公安委員会に報告書を提出した。元首相の暗殺という戦後、類をみない事件を招いた警備の問題点について、同庁の調査結果をまとめた報告書である。
現場に立ち会った警察官や警備計画の作成に携わった警察幹部らへの詳細な聞き取りを元に作成された報告書には、事件当日の動きも時間の経過とともに詳細に綴られていた。
一体あの日あの場所で何が起きていたのか。報告書の内容に沿って、事件の日の動きを詳報していきたい。
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「より多くの聴衆が…」安倍元首相の立ち位置を変更
7月8日午前9時30分頃、現場の警備責任者である奈良西警察署警備課長は、警護に当たる「署警護員」に、あらかじめ作成していた「警護警備実施計画書」に記された「具体的配置場所」の確認とともに、任務に当たる上での指示も出している。その内容は、「6月25日警護及び6月28日警護に係る指示と同一の内容」だったという。
午前10時頃、「署警護員」が現場に到着。続いて同9分頃、警視庁のSPとともに安倍元首相の周辺警戒に当たる奈良県警所属の「身辺警護員」2人と、同県警本部から派遣された「本部警備課長」が現場に着き、「自民党奈良県連の関係者」と打ち合わせた。この時の調整で安倍元首相が立つ「演台」(高さ約0.4メートル)の設置場所が当初予定されていた場所から北西方向寄りに変更された。
理由は、「より多くの聴衆が見込まれる」ためであり、警護上の危険は「具体的に考慮されることはなかった」という。
警察当局が、安倍元首相の演説本番に備えて準備を進めていた午前10時頃、山上徹也容疑者が現場に姿を現した。