さて、有人飛行では米ソが熾烈な先陣争いを繰り広げたが、冷戦終結後は国際宇宙ステーション(ISS)が建設され、宇宙は国際協調の舞台になっていく。日本人宇宙飛行士も次々に誕生した。彼らの手記やインタビューもそれぞれの人の個性が表れていて味わい深い。中でも、人類が宇宙に行く意味を深く考察しているのが、2021年5月、約半年ぶりにISSから地球に帰ってきた野口聡一・宇宙飛行士だ。
「“死の世界”に包まれている」
2021年12月号
宇宙で知った生と死の境界点
野口聡一(宇宙飛行士)
野口氏は2003年に起きたコロンビア号の空中分解事故を機に、「死ぬリスクを負ってまで、宇宙に行く意味とはなんだろう」と考えるようになった。「これまで私たちは数値化できない、人間の内面的な変化に向き合ってこなかったのではないか。そんな思いが宇宙飛行を重ねる度に強くなっていきました」。
野口氏の宇宙滞在日数は344日に及ぶが、宇宙飛行士としてのハイライトは、時間にしてみればごく短い船外活動にあるという。生命の気配はもちろん、音も一切ない宇宙空間。「“死の世界”に包まれている」ように感じる一方で、何にも遮られず対峙する地球は「まるで生き物のように眩しく、輝いて」いた。
「宇宙から地球を眺めたとき、私が生まれてから今まで経験してきたことは、すべてあの球体の中で起こったのだと思い、直感的に地球の持つ時空の広がりを理解できたように感じました」
広大なサバンナや北極が今いる場所と地続きであり、40億年の生命の連鎖のもとに今の地球があることが、宇宙からの帰還後は実感できるようになったのだという。
「間違いなく、この星でしか私は生きられないし、そこに帰っていって死ぬ。先祖も、今後生まれてくる子孫もすべて、この球体の中で生まれ、死んでいく。三次元の空間的な広がりだけでなく、概念では捉えきれないほどの時間の広がりがそこにあるのに、それを私が見ているのはこの一瞬というアンビバレントさと尊さがあります」
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須田桃子氏「文藝春秋が伝えた科学の肉声」全文は、月刊「文藝春秋」2022年10月号と「文藝春秋 電子版」に掲載しています。
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