待ちに待った「推し」のコンサート。ペンライトを握りしめて、舞台上のアイドルやアーティストに声援を送る体験は何物にも代えがたい……と考える人は多いだろう。
ここでは、愛知淑徳大学心理学部教授の久保 (川合) 南海子さんが、「プロジェクション・サイエンス」と呼ばれる最新の概念で「推す」行為について説明した著書『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』(集英社新書)より一部を抜粋して紹介。
コンサートや応援上映などで「応援すること」はファンの心にどのように作用するのだろうか――。(全2回の2回目/前編に続く)
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コール・アンド・レスポンスはサルにもある
ライブやコンサートでの演奏者と観客とのやりとり「コール・アンド・レスポンス」を見るといつも、サルみたいだなあと思っておもしろくなります。サルにたとえるなんて失礼だ!と思わないでください。私は大学院生からポスドク研究員の11年間は毎日、サルと実験をしていました。心理学の博士論文もサルの認知行動研究で書きましたので、私にとって「サルみたい」というのは親愛の表現です。
群れで暮らすニホンザルやチンパンジーを見ていると、彼らが群れのなかでよく鳴き交わしていることがわかります。研究のために、京都大学霊長類研究所の敷地内にある宿舎で数ヶ月間も寝泊まりしていた時など、朝早くから夜遅くまでいろいろなサルが鳴く声が聞こえてきて、寝ていてもうるさいくらいでした。
ニホンザルはケンカや威嚇をしている時などは「キャッキャッ」「ギャーッ」というような鳴き声をだしますが、平静時には「クー」とやや高い澄んだ響きの声で鳴きます。これは「クーコール」と呼ばれています。
サルだけでなく、群れ生活を営む動物のなかには、移動する時などに群れからはぐれないようにするため、盛んにある種の音声を発しておたがいの位置を確認しあうことがあります。そのような音声を「コンタクトコール」といいます。ニホンザルのクーコールもこのコンタクトコールのひとつで、群れからはぐれないようにするために鳴いていると考えられています。
動物行動学の杉浦秀樹先生は、野生ニホンザルの観察研究からサルの音声交換に「会話的なルール」があることを見つけました。あるサルが「クー」と鳴くと、ほかのサルが「クー」と返答します。その返答までの時間はおよそ0.8秒程度で、多少の個体差はあれどほとんど同じだったのです。
他個体からの返答が得られなかった時は、もう一度クーコールを発声することもわかりました。ただしおもしろいことに、返事をもらえなかったサルは、すぐ鳴くのではなく1.5秒ほど間をおいて、仲間の返事を「待って」いるのです。待っても返事がなかった時だけ、もう一度「クー」と問いかけます。それはまるで人間の会話のようです。
このようなサルの「お約束」にのっとった鳴き交わしは、意思の伝達でもなければ、警戒情報でもありません。クーコールの中身に意味はないのです。では、なんのためになされているのでしょうか?
それは、群れにいる仲間の存在の確認です。森の中ではおたがいの姿が見えないこともよくありますから、常に「いる?」「いるよ」「いま、どこ?」「こっち!」と音声でたしかめあうのです。このような鳴き交わしは群れの仲間としかやらないので、クーコールは仲間としての連帯を強めて確認する行動でもあります。