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「みんなが力を合わせて盛り上げていく中で、教授が1、准教授が1、講師が1、助教が3、という定員をなんとか凍結していただきまして、医師を増やしてみんなで力を合わせていく、という方針は伺えないものでしょうか。お聞かせいただきたいと思います」

 だが、岩本理事長は、切実な現場の要望に答えようともしなかった――。

年間の麻酔件数8000例は国内トップクラス(HPより)

女子医大が名門の地位を築いたカリスマ的な外科医の存在

 深刻な医師不足でありながら、さらに人件費カットの方針を進める経営陣について、前出のベテラン外科医はこう話す。

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「岩本理事長の経営方針は目先の利益追求だけで、将来的な展望はない。こんな無理を強いるのは、“女子医大で働くことを名誉と思って黙って働け”と思っているからです。しかし、私たちが女子医大で働くのは、外科手術の手技と考え方を引き継ぐためです。特に私が扱っている疾患は手術に全てがかかっている。患者の命を守るため、後輩に伝える責任があるのです」

 女子医大が名門の地位を築いたのは、カリスマ的な外科医の存在が大きい。国内初の術式で心臓手術を行なった榊原仟教授、国内トップの手術件数となる脳神経外科を育てた喜多村孝一教授、肝臓がんなどで画期的な手術を切り開いた中山恒明教授。1950年代~60年代にこうしたカリスマ外科医に学ぼうと、意欲的な若い医師が全国から集まり、女子医大は高いレベルの大学病院となった。岩本理事長や丸学長らは、この系譜とは全く無縁の存在と言える。

左から心臓血管外科・榊原仟教授、脳神経外科・喜多村考一教授、消化器外科・中山恒明教授(榊原教授と喜多村教授は「東京女子医科大学 今と昔」より、中山教授はHPより)

 医療安全の要というべきICUチームの崩壊、医師不足をさらに加速させる診療科の定員規定など、女子医大を破壊するような方針を打ち出す経営陣。患者に大きな影響が出ている状況に危機感を抱いた医師たちが遂に動き出した。詳しくは、後編でお伝えする。(後編#8に続く)