「頑張った分だけ、怒られる現象が起きている。こんなところに人(医師)、来ませんよ! 優秀な人は絶対に来ない。こんな事を誰も分からないのは、おかしいんじゃないですか」

 一人の外科医が厳しく批判した相手は、東京女子医科大学の岩本絹子理事長。意見すら言わせない強権的な“女帝”に、初めて公然と反論した瞬間だった。

 不可解な経営方針によって医療崩壊が始まっている女子医大で、現場の医師たちから新たな動きが起きていた。これは岩本理事長による独裁体制の“終わりの始まり”なのか? 遂に声を上げた医師たちの動きを、前後編で緊急レポートする。(後編#8を読む)

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重要な人材が流出しても、岩本理事長の経営方針は人件費の徹底的な削減

 3億9600万円の赤字──。

 これは“本院”と呼ばれる、東京女子医科大学病院(新宿区)の今年7月単独の収支だ。4月から6月まで、毎月2億円余の赤字で推移していたが、ここにきて2倍近くも悪化していたのである。

 さらに、集中治療科に所属する専門医10人中9人が一斉辞職に追い込まれ、9月から女子医大にICU(集中治療室)の専属チームはなくなった(#5#6を読む)。

 臓器移植などの高度な外科手術は、術後にICUで患者の全身管理が必要となる。大学病院にとってICUは“命の砦”。今の状況を本院に勤務するベテラン外科医が証言する。

東京女子医大病院のICU(HPより)

「報道で心配になった患者さんから『ICUの先生がいなくて、手術を受けても大丈夫ですか?』と、何度も聞かれました。私の診療科は自分達で術後の管理はできますが、対応できない診療科もある。女子医大には、他で断られるような難しい症例を治せる優秀な外科医がいますが、ICUの崩壊でそれができなくなると、最大の不利益を被るのは患者さんです」

 集中治療科の医師が一斉退職した際に、経営側は強く慰留しなかったという情報もある。

 重要な人材が流出しても、歯止めをかけないのには理由があった。そもそも岩本理事長の経営方針が、人件費の徹底的な削減に重点を置いているからだ。

 岩本氏が理事長に就任する前年(2018年)と今年を比較すると、本院だけで412人の教職員が減少していた(HP公表値。内訳は医師=131人減、看護師134人減、その他事務職など=147人減)。

 この結果、入院病棟を次々と閉鎖せざるを得なくなり、手術件数も減少して、収益が悪化するという“負のスパイラル”に落ち込んでいる。

「大学の経営に世襲制度があること自体が間違っている」

 行き過ぎた人件費カットで収益悪化したのは、本末転倒であり、明らかな経営判断のミスだ。しかし、岩本理事長に指摘する人は誰もいない。それは一体なぜか?

「岩本氏が創立者一族だからです。彼女の場合、臨床医としての評価が高いわけでもないし、教育者の経験もほとんどない。経営者として能力があるのかも疑わしい。でも、女子医大の理事長は代々創立者一族で占めている。本来、大学の経営に世襲制度があること自体が、間違っているはずですが、誰も何も言えない」(前出の本院・外科医)

創立者の吉岡弥生をバックに就任演説をする岩本絹子理事長(東京女子医科大学120周年記念誌より)

 もう一つは、徹底した“恐怖政治”だ。岩本氏に不満や疑問を呈したらしい、という話が伝わると、左遷や降格、そして懲戒処分で追放してしまう。

 一方、病院経営者たちを戦々恐々とさせる問題が、女子医大経営陣にも迫っている。2024年4月から適用開始となる「医師の時間外労働の上限規制」だ。