「おい、ハーフ」「ヒージャーの目」
太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争を通じて、米兵とアジア女性の間に生まれた子供たちは、戦争が終わり米軍が引き上げたあとに様々な苦難を背負うことになった。
米兵の父ではなく、日本人の父とアメリカ人の母ではあるが、『ちむどんどん』のナレーションを担当するジョン・カビラの弟、川平慈英は『琉球新報』のインタビューで、幼少時代の沖縄で「おい、ハーフ」「ヒージャーの目」(注:ヒージャーは沖縄ヤギの意味)と差別された経験を語っている。復帰前の沖縄県民にとって、アメリカは家族を殺した侵略者であり、今も沖縄を抑圧する支配者だった。
沖縄出身の歌手、Coccoのエッセイ『想い事。』にも米兵を父に持つ青年と彼が受けた差別の記憶が痛みをこめて綴られている。それは沖縄が背負わされた歴史が生んだ二重の差別だ。
米兵とアジア女性の子供たち、「アメラジアン」の苦難について『ちむどんどん』が描いているわけではない。だがそうした、朝ドラの枠組みに入りきらない大きな問題をいくつも作り手が意識しているのは、キャスティングなどからも伝わってくる。
「かつて、映画『パッチギ!』(井筒和幸監督、日本人と在日朝鮮人の高校生による青春群像劇)など、難しい題材を扱ったものも関わらせていただいて、さまざまな感想や、反響をいただいた」
9月2日付の琉球新報に掲載された単独インタビュー記事で脚本家・羽原大介氏が『パッチギ!』のことを振り返って答えている。1993年の崔洋一監督の映画『月はどっちに出ている』から、2001年に窪塚洋介が主演した映画『GO』に続き、そして2004年の『パッチギ!』に至る、在日コリアンを描く映画の流れがある。
それは政治的な弱者としての面だけではなく、人間らしい欠点や荒々しさも含めた、生き生きとしたマイノリティの群像を描くという試みだ。 それは『ちむどんどん』での沖縄移住者たちの描き方にも通じる点があるように思える。
『ちゅらさん』で平良とみが演じた沖縄のおばぁは、どこかジブリアニメで宮崎駿が繰り返し登場させる老婆にも似たユーモアと優しさがあり、本土のマジョリティが失われたノスタルジーを投影させることが可能な人物造形だった。その成功を前提として、そこから先に進むための、理想化されていない沖縄の人々を描く。『ちむどんどん』の脚本にはそうしたコンセプトがあったと思う。
それは沖縄から上京する主人公・暢子の周辺の人々によく現れていたかもしれない。暢子が鶴見で出会う沖縄県人会の会長・平良三郎は、本土で生まれた「二世」として沖縄からの移住者たちをまとめ上げている男として描かれる。
三郎は本土の視聴者たちが好む、あの柔らかいイントネーションのウチナーグチを話さない。どこか暗い表情で眉をしかめ、本土の言葉を低い声で話す。それは沖縄からの移住者たちが経験する苦渋がその人物造形に投影されているからだ。