自分の意思がないと、成績なんか上がるわけがない
「今になって、あの言葉がすごくよく理解できます」
僕は言った。
「『自分の意思』がないと、成績って上がらないですよね」
「そうさ。やらされる勉強してる奴が、成績なんか上がるわけがない。どんなにいい授業を聞いても、自分の意思がないと、右から左に流れてしまうからだ」
僕は頷く。「何か1つでも自分の力にしよう」「今先生が言ったことを覚えてるかな?」と、受け身的にぼんやり授業を聞いて勉強するんじゃなくて、前のめりになる必要があるわけだ。
「英語で言うとわかりやすい。『授業を受ける』って、英語でなんて言うか知ってるか?」
不意に師匠はそんな質問をする。この問いの答えを、僕は知っていた。
「listen to the class ……だと昔は思っていたんですが、違うんですよね」
「そう。listen(聴く)でも hear(聞く)でも accept(受ける)でもない。答えは、take(取る)だ」
「take the class(授業を取る)。つまりは、授業も勉強も、能動的な行為なんですよね」
「その通りだ。どんなに勉強していても、その意識がないと成績は上がらない。お前は典型的に、その意識が欠けていた」
そりゃ成績上がるわけないって、と師匠は笑う。
「だからこそ、受け身なのをやめて、『自由に』やったら、ほんの少しだけ成績が上がった」
「ほんのちょっとだったけどな」
「それでも、なんとか高校に上がれたんだからいいんですよ!」
中高一貫の学校なのに高校に上がれないほどに成績が悪かった自分は、その面談以降ほんの少しだけ成績が上がった。確かに師匠の言う通りほんの少しの変化ではあったのだが、なんとか上がってくれたのだ。
「でも、あの時お前……」
師匠は言う。その続きを、僕は先回りして答える。
「そうですね。あの時僕は、師匠の質問に答えられなかった」
─お前は何がしたいのか。
あの面談の中では、ついにその答えを師匠に返すことはできなかったのだ。
「しょうがないじゃないですか。いくら考えても出てこなかったんです、僕がどうしたいかなんて」
「それで『ああ、こいつは重症だな』って思ったんだ」
「そんなこと思ってたんですか!?」
「その回答が出てきたのは1年後だったな」
中学3年生で答えられなかったことを、僕が師匠に話したのは、ちょうど1年後。僕が高校1年生の時だった。
「あれは流石に覚えてるよ」
「そうですよね、あの回答は酷かったですもんね」
そう言い合って、僕ら2人はその「回答」を同時に口に出した。
「“何もありません”」