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〈『ドラゴン桜』監修者の実話〉成績底辺でいじめられっ子…人生に絶望する16歳の僕を東大に導いた“ある教師”の「とんでもないひと言」

『それでも僕は東大に合格したかった』より #1

2022/10/23
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「でも、小学校から中学校に上がって、どんどん『なれないもの』が増えてきた。サッカーがもっと上手い子がいてサッカー選手にはなれない。頭が悪いから宇宙飛行士にはなれない。野球選手にも、会社の社長にもなれない。そうやって、『なれないもの』がたくさん出てきた」

 そう、そうだ。その通りだ。だんだん、夢なんてなくなっていった。できないものが、なれないものが、どんどん増えてきたのだ。

師匠が真剣な眼差しで語った“西岡が変われない理由”

「『なれないもの』が出てくると、本当はそんなものはなかったはずなのに、『線』ができてくる。ずっと遠くにあって、そんなものはないと思っていたはずなのに、大人になるにつれて『なれま線』が作られてくる。その線は、人一人を取り囲み、そして人間は、その線を飛び越えて何かをしようとすることはできなくなる」

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 そこまで語って、師匠は「西岡」と不意に声をかけた。

「お前は、その線がめちゃくちゃ近くにある人間だ。線が近くにありすぎて、一歩も動けなくなっている人間だ。だから、何にもなれないと思っているし、変われないと思っている」

 その時僕は、どうしてこんなに息苦しいのか、どうして何もできないのか、なんとなく理解した。そうか、自分の陣地が狭いからなのか。よくわからない線に押し込められて、一歩も動けない世界で生きているから、辛いのか。

「だけどな、西岡」

 師匠はもう一度向き直って、真剣な表情になった。後にも先にも、あんなに真剣な師匠の表情は見たことがなかった。

「その線はな、幻想なんだ。そんな線は本当は存在しない。お前は何にでもなれるし、なんでもできる。変われないのは、お前がお前を諦めているからだ」

 本当にそうなのだろうか。自分が最初から諦めているからできないだけなのだろうか。

「自分の意思がないから、何も変えられないと勘違いしている。本当はその線は飛び越えられる。それも、いとも簡単に。それなのにお前にだけはその線が見えて、越えられずにいる。お前は本当は変われるんだ。お前は自由だ。少なくとも俺は、そう信じているよ」

 師匠は確かに言った。「そう信じているよ」と。

 師匠の真剣な眼差しに、その言葉に反論することはできなかった。

 その時、一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、もしかしたらできるのかもしれないと思った。

 僕はもう、とっくの昔に僕を諦めていた。周りのみんなも、僕を諦めていた。でもおかしなことに、この人だけは違うらしい。僕さえ諦めた僕を、まだ信じているらしい。

 それなら、もしかしたら、本当に、僕が僕を、信じていないだけなのかもしれない。

「変わりたいです」

 絞り出すように、僕のその想いは声になった。

「変わりたいです。教えてください、どうすれば変われるんですか?」