若本 はははっ。それはね、偶然、紀伊國屋で『大道芸口上集』って本を見つけて。おもしろいんだよね。奥付を見たら「興味ある人は電話ください」と電話番号が書いてある。電話したら、しわがれ声の人が出てきて「なんだい? 興味あるのか」と。
「はい、ちょっと勉強させてください」と言うと、「じゃあ、毎週日曜日みんなで稽古しているから来なさいよ」と言ってもらった。それが鶯谷の、築70~80年ぐらいのガタガタの建物で(笑)。
ハシゴを登って2階に行くんだけれど、結局そこに、先生が亡くなるまで通ったね。それほど、先生の口上は素晴らしかった。本当に自然な語り口で、地べたの、土のにおいのするしゃべり方だった。
「それらしくしゃべるのではなく、それになる」
――土のにおい、ですか?
若本 そう土のにおい……床の上じゃなくて土の上で語りかける風情。5、6年通ったんだけど、先生からは「相変わらず、しゃべりが台詞になってる」って言われたよ。でも僕は充分だったね。大道芸の匂いというか体臭を、自分のしゃべりのリズム、トーンの中に取り入れたから。
いわば、日常会話でナレーションするわけ。マイクに地べたのしゃべりの匂い、雰囲気を流すわけだ。これをやれる人は芸人さんでも少ないと思う。単発的にはできるかもしれないけど。
――土の匂いと同時に、品や格を養うトレーニングもされたんですか?
若本 そう。それはそれでやっていかなくちゃいけない。たとえば、浪曲。一時期は浅草の木馬亭に毎週、日曜日に通っていた。どういう呼吸回しをしているか、聴き込んでね。そこで語り芸のリズムを学んだ。
あと声楽。日本語と真逆の発声法も身体にしつけた。不思議なんだけど、10年通ってその当時は理解できなかったことが、それ以後のトレーニングを続けているうちに突然「こうだったのか」と閃くことがあるんだよね。
年を取れば取るほどキャリアも上がって、150キロの剛速球も投げれば、あらゆる球種も投げられるように、自分の身体を鍛え込んで、思うように操っていけるところまで仕上げていく。現場へ行って、「こういう風にしてください」と言われたら、即座に応えられなきゃいけない。