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「広瀬は距離を取って戦う」と予想していたが…

 しかし、広瀬が選んだ1手は、ガツンと音がしそうな、玉が仁王立ちする角取りの手だった。私は今期竜王戦開幕前に「広瀬は距離を取って戦う」と予想していたが、それは大外れとなった。彼は自ら接近戦に持ち込んでいった。

 我々のみならず、藤井も意表をつかれただろう。1時間以上も考えたすえ角を引いたが、広瀬はその角を追って金を打ち、歩のジャブでもう一度4筋の銀を斜め上に動かし、さらに空いたその場所に桂を打った!

 逃げた銀とそこに打った桂は数手の応酬後に交換となったわけだが……、おいおい藤井相手に桂を渡して大丈夫なのか? 88手、ここで藤井の飛車のタダ捨てがとんできた。広瀬は馬で取る。飛車を犠牲に馬の位置を替え、利きのなくなった場所に桂のクサビを放つ。

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 何度も藤井の桂に痛い目にあい、朝日杯オープンの決勝では、空中へのただ捨ての桂で仕留められている。広瀬は、その時の痛みを忘れてはいまい。あえて接近戦に飛び込み藤井の攻めを呼び込んだのだ。この捨て身のカウンターもすべて広瀬の読み筋だった。パンチは届かないことを読み切っていたのだ。

 藤井は飛車を捨て、桂と銀で王手、それから銀を自陣に投入して玉をガード。攻めと受けを織り交ぜた複雑な動きで翻弄しようとする。

封じ手を手に対局場に戻る藤井聡太竜王 ©️時事通信社

今、広瀬は最高の状態に仕上がっている

 だが、広瀬はあわてなかった。受けもせず王手もせず、飛車捨てでずらされた馬を好位置に直して堂々と手を渡す。藤井はさらに持ち駒の桂を歩頭に捨て、先手玉の守りの金を角と交換にはがし、詰めろまで持っていく。そこで手に入れた角で王手したのが、広瀬の「合い駒請求」の1手。持ち駒にした金を使って受ければ藤井玉は詰まないが、代償に広瀬玉への詰めろが消えてしまう。

 入念な研究、藤井の終盤力を恐れない踏み込み、勝負手まで読み切った読みの深さ、「広瀬強し」を印象付けた勝利だった。今後の戦いを思うとワクワクする。この勝負が長く続くことを願う。

 追記 この対局から3日後、広瀬は稲葉陽八段とのA級順位戦で、またも飛車先保留を採用した。10手目、稲葉は角道を止めて雁木に。対して広瀬は矢倉の堅陣に組んでから絶妙の指し回しで局面をリードする。最後まで金銀3枚が広瀬玉をがっちりガードしたまま快勝した。今、広瀬は最高の状態に仕上がっている。

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