藤井が10手目に15分かけた真相とは
藤井は、2020年3月の第61期王位戦挑戦者決定リーグにおける稲葉陽八段戦以来、飛車先保留型を2年以上も指していない。タイトル戦においては先手番でも採用していないが、後手番でも保留型に誘導されたことは8局中1局もない。
広瀬も同様で、2019年3月の第67期王座戦2次予選における佐々木大地五段(当時)戦以来、保留型は採用していない。なんと3年ぶりの採用だったのだ。広瀬が入念に藤井対策を練ってきたことが9手目にして明らかになった。
藤井が雁木にしたら矢倉の堅陣に組んで持久戦とし、接近戦を避け、距離をおいて藤井の終盤力を生かさないようにする。受けてきても藤井の選択を狭めることができるということだ。藤井は保留型を受けるか、あるいは雁木にするか悩んだろう。それが10手目15分の真相だ。
保留型への対策も進化している。玉が囲いに入らないのがよくある対策だ。第30期の羽生渡辺戦では、渡辺が3一玉型にしたために2五桂で攻略されたが、中央、あるいは逆に玉が動けば桂跳ねの脅威もうすい。藤井は飛車の横運動で手待ちをし、広瀬玉を入城させてから、さらに仕掛けを誘う。そして銀がぶつかったタイミングで反撃だ。玉頭を継ぎ歩し、さっと玉を引いた。
接近戦を恐れぬ絶妙な指し回し
6二金8一飛型に対し、先手が角銀を持っているときには、まず金の頭に銀を捨て、飛車金両取りに角を打つのが手筋だ。しかし、そのとき後手は飛車が縦に動いての王手、横に動いての金取りを見せている。対して広瀬は桂を跳ねなければ保留型にした意味がないと、53手目に右桂を前線に繰り出す。
ここが勝負のポイントとなった。藤井は81分の考慮で攻め合いをあきらめ、先手陣に通っていた4筋へと銀を逃げた。実際には攻め合いを選ぶこともできたのだが、ここは判断ミスというよりも、この後の広瀬の指し回しを褒めるべきだろう。
藤井の逃げた銀は、自身の飛車が4筋に回った場合の進路を塞いだ。広瀬はそれを見て玉頭に銀を上がり頭上をガードする。これで藤井の飛車はタテヨコの動きを封じられた。そして、満を持して銀を金の頭に叩き込む。藤井は飛車の転回を封じられているためそれを取ることができず、金をかわす。そこへ歩のジャブで4筋にいた銀の位置を上ずらせ、6筋では銀が入って逃げた金を取り、さらに飛車取りに角を打ち込む。藤井も角を打って駒を取り合う。
互いにノーガードで殴り合ったが、馬で飛車を玉頭から追いやった広瀬がポイントをあげた。さあここは広瀬らしく、金を玉に近づけるか、あるいは持ち駒を投入するか、いずれにせよ自玉を安全にする手を選ぶだろう……。