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藤井聡太竜王に先勝 広瀬章人八段の「入念な対策」が功を奏した対局だった

藤井聡太竜王に先勝 広瀬章人八段の「入念な対策」が功を奏した対局だった

プロが読み解く第35期竜王戦七番勝負第1局

2022/10/20
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藤井が10手目に15分かけた真相とは

 藤井は、2020年3月の第61期王位戦挑戦者決定リーグにおける稲葉陽八段戦以来、飛車先保留型を2年以上も指していない。タイトル戦においては先手番でも採用していないが、後手番でも保留型に誘導されたことは8局中1局もない。

 広瀬も同様で、2019年3月の第67期王座戦2次予選における佐々木大地五段(当時)戦以来、保留型は採用していない。なんと3年ぶりの採用だったのだ。広瀬が入念に藤井対策を練ってきたことが9手目にして明らかになった。

 藤井が雁木にしたら矢倉の堅陣に組んで持久戦とし、接近戦を避け、距離をおいて藤井の終盤力を生かさないようにする。受けてきても藤井の選択を狭めることができるということだ。藤井は保留型を受けるか、あるいは雁木にするか悩んだろう。それが10手目15分の真相だ。

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 保留型への対策も進化している。玉が囲いに入らないのがよくある対策だ。第30期の羽生渡辺戦では、渡辺が3一玉型にしたために2五桂で攻略されたが、中央、あるいは逆に玉が動けば桂跳ねの脅威もうすい。藤井は飛車の横運動で手待ちをし、広瀬玉を入城させてから、さらに仕掛けを誘う。そして銀がぶつかったタイミングで反撃だ。玉頭を継ぎ歩し、さっと玉を引いた。

かつて羽生善治九段を破って竜王位を獲得した経験もある広瀬章人八段 ©️時事通信社

接近戦を恐れぬ絶妙な指し回し

 6二金8一飛型に対し、先手が角銀を持っているときには、まず金の頭に銀を捨て、飛車金両取りに角を打つのが手筋だ。しかし、そのとき後手は飛車が縦に動いての王手、横に動いての金取りを見せている。対して広瀬は桂を跳ねなければ保留型にした意味がないと、53手目に右桂を前線に繰り出す。

 ここが勝負のポイントとなった。藤井は81分の考慮で攻め合いをあきらめ、先手陣に通っていた4筋へと銀を逃げた。実際には攻め合いを選ぶこともできたのだが、ここは判断ミスというよりも、この後の広瀬の指し回しを褒めるべきだろう。

 藤井の逃げた銀は、自身の飛車が4筋に回った場合の進路を塞いだ。広瀬はそれを見て玉頭に銀を上がり頭上をガードする。これで藤井の飛車はタテヨコの動きを封じられた。そして、満を持して銀を金の頭に叩き込む。藤井は飛車の転回を封じられているためそれを取ることができず、金をかわす。そこへ歩のジャブで4筋にいた銀の位置を上ずらせ、6筋では銀が入って逃げた金を取り、さらに飛車取りに角を打ち込む。藤井も角を打って駒を取り合う。

 互いにノーガードで殴り合ったが、馬で飛車を玉頭から追いやった広瀬がポイントをあげた。さあここは広瀬らしく、金を玉に近づけるか、あるいは持ち駒を投入するか、いずれにせよ自玉を安全にする手を選ぶだろう……。