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『列伝』の中で一際輝いていた初代タイガーマスクも、虎のマスクを脱ぎ捨てて「佐山聡」として自分の理想を追いかけていきました。

 僕はいまになって、初代タイガーマスクの気持ちが分かるんです。

 タイガーマスクとしてリング上で華麗なプロレスを披露していても、彼の本心は別のところにあった。「飛んだり跳ねたり」のプロレスではなく、本当の強さを追求したいと考えていた。それが佐山さんにとってのUWFであり、シューティングであったわけですね。

梶原一騎(左)とタイガーマスクのくつろぐ様子

 しかし、多くのプロレスファンが求めていたのは「タイガーマスク」であって、一時期の佐山さんは理想と現実のギャップに苦しんでいたのでしょう。

 佐山さんに自分を重ねるわけではありませんが、僕も梶原先生の作品で大きく飛躍させていただきましたが、『列伝』の連載が終わって自分のオリジナルな世界を打ち出そうとしたときは悪戦苦闘しました。読者が僕に求めていたものは似顔絵をいかした作品で、自分がイチから描いたキャラクター、ストーリーではなかなか注目してもらえない。

 僕は佐山さんのような飛び抜けた才能がなかったので、割合早い時期にそうしたジレンマはなくなりました。読者が求めるものに応えていく。それが決して自分を曲げることでも、挫折や敗北でもないと思えるようになりました。

 後に、再びタイガーマスクの覆面をかぶることになる佐山さんも、同じ心境だったんじゃないのかなあと思っています。

ジャンボ鶴田の結婚式での梶原一騎(中央右)

「最後の作品を捧げたいと思います」

『列伝』を生み出した梶原先生と猪木さんは、いまごろ天国で再会しているでしょう。ここでは話せないようなことも含めていろいろあった2人ですが、梶原先生は猪木さんに感謝していると思います。1960年代に『巨人の星』や『あしたのジョー』を作り、『列伝』が始まった1980年は「もう梶原一騎の時代は終わった」という人もいましたが、プロレスをモチーフにしてあれだけ見事な原作を生み出してくれたんです。そして、それはアントニオ猪木というプロレスラーのカリスマ性を抜きには語れません。

『列伝』に登場する何人かの選手たちも、猪木さんとの再会を喜んでいるでしょう。アンドレやマードックは間違いなく毎日酒を飲んでいるでしょうね。猪木さんがカール・ゴッチと出くわしたら、どんな会話をするのかなあ(笑)。

 僕は1人のプロレスファンとして、また『列伝』の描き手として、改めて猪木さんへの感謝同時に、不世出のスーパースターと同時代を生きることができた幸運を噛みしめながら、最後の作品を捧げたいと思います。本当にありがとうございました。

(取材・構成/欠端大林)

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