日本では「貧困は自己責任」という考え方が根強い。しかし、本当にそうだろうか。物価が上昇し円安が加速している今、貧困と無縁でいられなくなる人も増えている。そろそろ社会に存在する貧困問題と真っすぐ向き合う必要があるのではないか。

 国内外の貧困を取材し続けてきたノンフィクション作家・石井光太さんは、著書『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』の中で、子どもの貧困に対する支援の重要性を訴えている。ここでは本書から抜粋して、歌手の安室奈美恵さんや「カレーハウスCoCo壱番屋」創業者・宗次德二さんなどの事例を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む

安室奈美恵さん ©getty

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シングルマザーに育てられ、毎日一人で留守番を…

 長谷幸人(仮名)は生まれてすぐに親が離婚してしまい、お母さんに育てられた。お母さんは結婚するまで就職したことがなかったため、昼と夜のアルバイトをかけもちして家計を支えた。

 そのため、幸人は24時間対応の保育園で寝泊まりして育ち、小学校に上がってからは毎晩一人で留守番をした。小学2年になるまで保育園や学校の給食しか食べたことがなく、一人っ子だったため遊び相手もいなかった。

 しかし、小学2年生の終わりに、近所にできた子供食堂に通うようになって生活がガラリと変わった。給食の他に、夜にはちゃんとした手作りのご飯を食べることができたし、そこに集まる子供たちと遊べるようになった。ボランティアの大学生に勉強を教えてもらい、ミニバスケのクラブに入ったら先輩からユニフォームやバスケットシューズをもらうことができた。お古の洋服なんかもたくさんゆずってもらった。

 小学5年生の時には、子供食堂のスタッフの紹介で、幸人のお母さんは近所の会社に正規雇用の事務員として就職することができた。夜もお母さんが家にいられるようになり、社員旅行へも連れていってもらえるようになったんだ。

 幸人は今、中学3年生になり、地元でも有名な高校を受験する予定だ。もし高校に合格したら、ボランティアとして子供食堂で働いて、自分と同じような子供の手助けをしたいと考えているという。

貧困の壁を乗り越えるには…安室奈美恵の場合

 行政もこうした心のレベルアップを実現できる場をいろんなところに用意しようとしている。最近では「居場所」と呼ばれているところがそれだ。子供たちが社会から孤立するのを防ぎ、大勢の大人や同級生がかかわることで、精神面で子供たちを支え、自己否定感を生み出す要素を排除し、健全な心を育てていこうという試みだ。

 僕は心のレベルアップこそが、貧困対策で優先すべき課題だと考えている。

 今の学校には、成績アップこそが優先するべき課題だという認識がある。でも、世の中には中卒、高卒の人は一定数いるものだ。もともと計算や暗記が得意じゃない人もいれば、勉強よりスポーツに力を入れたいと思う人もいる。家庭の問題で進学をあきらめる人だっているだろう。全員が優秀な成績をとって一流大学に入るなんて現実的にはありえないことだ。

 ならば、勉強する機会を与えて一流大学進学を目指すより、もっとその子に寄り添ったところで好きなこと、得意なことをしてもらって、心のレベルアップを目指すべきじゃないだろうか。