——他の人はしてるのに(笑)。
山下「坂本くんだったら、ホイホイしてる(笑)」
——サイン帳のそのページは、白いままだったんですね。
山下「僕、そういうところのピューリタニズムは強いんです。僕なりのプロ意識ですよね」
ツアーで留守がちだった実家にかかってきた1本の電話
——最悪だった当初の出会いから、お互いの印象が変わっていったのは。
山下「音楽的なつきあいは別でしたから。彼女のファースト・アルバム用に『夏の恋人』という曲を僕が提供して、2作目の『UNIVERSITY STREET』では、彼女が書いた『涙のワンサイデッド・ラヴ』を編曲してほしいというので、僕が一人多重録音でトラックを作ったりした。あれはいい曲だった。当時僕らが所属していたRCAって、僕や大貫妙子、EPO、桑名正博、まりやもそうですけど、いわゆるポップス系と、和田アキ子やクールファイブ、西城秀樹といった歌謡曲系、二つの勢力に分かれていて。歌謡曲勢への対抗意識があった分、ポップス系同士はそれなりに和気あいあいとした雰囲気があったんです。
そんな中、彼女がアン・ルイスのために『リンダ』を書いて、それのレコーディングで、どうも思うようにいかないと、電話がかかってきたんです。あの頃はまだ練馬の実家に住んでいて、ツアーで留守がちだったんだけど、その時はたまたま在宅していた」
——携帯がない時代ですもんね。
山下「助けてくれというので、スタジオに行って、僕一人でコーラスをやった。朝の2時3時までかかったのかな。そしたら……」
——そういう(笑)。
山下「あちらに何かが起きたんでしょう」
——あちらに起きた(笑)。
根っこのルサンチマンを突き抜けてきたのは…
山下「よもやあの人と結婚することになるとは、最初夢にも思いませんでしたけどね。だから、なんでもそうなんですよ。人間の縁なんてものは不思議です」
——それは達郎さんもそうだし、まりやさんもそう。
山下「そうですね。まったくそうです」
——普通、初対面でそこまでにべもなくサインを断られたら(笑)。
山下「みんな優しいからね。僕はダメなんですよ。女性に対するトラウマも強いから。根っこにルサンチマンがある。そう簡単には、人に心は許さない(笑)」
——そのルサンチマン・バリアを、まりやさんだけが突き抜けてきた。
山下「それはやっぱり東京の人じゃないから。田舎の人ならではの素朴さ。繰り返しになりますけど、疲れないんです」