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「けっこう殺ったの?」

 あと細かい話かもしれませんが、ドイツ的にはフィリップ殿下の飛行機パイロット教習のエピソードも興味深い。教官は、のちにマーガレット王女との悲恋がクローズアップされる侍従武官のタウンゼント空軍大佐。2人乗りのタイガー・モス練習機で爽快なアクロバット飛行を体験してゴキゲンな殿下が、第二次世界大戦の英雄であるタウンゼントに訊きます。

「バトル・オブ・ブリテン(激しい空中戦でイギリスがドイツの英本土進攻作戦を挫いた戦役)には参加したの?」
「ええ、第257飛行隊で」
「スピットファイアに乗って?」
「いえ、ハリケーンで。殿下」
「けっこう殺ったの?」
「……1~2機です」
「……エンジン再始動! 地表が近い!」

 日本語字幕ではこの「何機殺ったの?」が「成果は?」と書かれているんですね。英語ではフィリップは「kills?」と訊いていて、この単語チョイスの強さこそポイントです。フィリップは「バトル・オブ・ブリテンの英雄」の何かを試していたのか、あるいは何の気なしだったのか。それは明かされませんが、フィリップ殿下のナチスドイツとの微妙な距離感が現れた言葉です。

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1975年には来日したエリザベス女王、フィリップ殿下を昭和天皇・皇后両陛下が歓待された ©時事通信社

 ちなみにピーター・タウンゼント大佐の戦時中の対独撃墜スコアは「最少で11機」という記録が残っていて、ゆえに、あのしばしの沈黙の後の「1~2機です」の言葉は重い。英独の血なまぐさい因縁エピソードが絶妙な隠し味となって、「ワカる人」を唸らせる場面といえるでしょう。

 余談ながら、タウンゼントがバトル・オブ・ブリテンでハリケーン戦闘機を駆って活躍した際の実際の所属部隊は第85飛行隊(No.85 Squadron)であり、劇中会話と異なります。これは何故か? 日本で最もRAF(英国空軍)に詳しいと思われるスペシャリストの岡部いさく先生にうかがってみたところ!

●実はこの齟齬、イギリスのマニアのフォーラムでも話題になっている。

●そもそもフィリップ殿下の1953年のパイロット教官、実際にはタウンゼント大佐ではなくカリル・ラムゼイ・ゴードン大尉(1923年生まれでバトル・オブ・ブリテン参加には若すぎる)であり、正直、その時点で史実的な整合性を気にしても仕方ないが、敢えて真面目に検証すると以下のようにそこそこの接点が浮上する。

●以前から史話的に「ハリケーン乗りのエース」として、No.85 SqnのタウンゼントとNo.257 Sqnのスタンフォード・タックが混同される現象がしばしばある。

●1940年8月にタウンゼントのNo.85 Sqnがデブデン基地に配備されていた際、同じ基地にNo.257 Sqnも配備されており、その時期的な重複が混同を呼んだ可能性はある。

●1940年9月ごろにタウンゼントが乗っていたハリケーン(機番P3854)が、その後、機体記号などを変えないままNo.257 Sqnに所属替えになったとする資料もある。

●でも絶対それ考えすぎだから! たぶん実際にはもっとテキトーな原因だから!

 ということで素晴らしい。やはり、ここまで掘り下げてこその「超味わい」というものです。岡部いさく先生どうもありがとうございました!

チャーチルを演じたジョン・リスゴーの貫禄 (シーズン1予告より)

 そして本作の大きな見どころとなるのが、かのウィンストン・チャーチルの描写でしょう。このドラマは脇役として登場する人物たちの「主役を食うほどの」群像劇なのが特徴ですが、とにかくチャーチルが凄かった。これまでさんざん作品化、映像化されてきたキャラクターですが、正直この『ザ・クラウン』がベストオブベストであろう、というのが私と周囲のわりと一致した見解です。