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 チャーチルは20世紀ヨーロッパで最も存在感のある政治家の1人で、ヒトラー打倒の功労者ということもあって単純に英雄視されることが多い。しかし「ザ・クラウン」での彼は戦後の「老害」「意地悪じじい」面が基調となった姿で描かれて、なんといってもフィリップ殿下を迫害するドイツ嫌いの筆頭老中です。

 ここで秀逸なのは、クソ野郎な点をキッチリ描きながら、それ以上に偉大さと魅力をも深く描き、その2つを矛盾なく成立させてしまったこと。そんじょそこいらのチャーチル賛否批評を全てまるごと呑み込んだ上で高みを貫く脚本・演出・俳優パワーの三位一体感が凄い。すごすぎる。

 もし歴史・戦史・美術史オタ気質がある人で、『ザ・クラウン』未見だけど見ようかどうか迷っている方がいらしたら、第1シーズンのエピソード9「暗殺者たち/Assassins」だけでも見てください。チャーチルと現代画家の「対決」を描く、王室そっちのけのエピソードです。が、『ザ・クラウン』的コンセプトの真髄が凝縮された珠玉の逸品であり、これぞ史劇ofザ史劇! 語りぐさになる作品とはまさにこういうもの! という感銘に包まれるでしょう。

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姉のエリザベス女王とは対照的なマーガレット王女。演じたのはヴァネッサ・カービー (シーズン2予告より)

 王族の「致命的な欠点」さえ描かれるからこそ面白い

「ザ・クラウン」をめぐる賛否は、ある意味、かの傑作戯曲/映画『アマデウス』と同じ構図になっていると感じます。

『アマデウス』は「登場人物が英語でしゃべるのがリアルじゃない!」「実在の誠実な作曲家サリエリに対する不当な冒瀆だ!」「あのクライマックスで展開する作曲法は現実には不可能だ!」といった、たしかにその通りな各種ツッコミ・非難の嵐に見舞われました。しかしけっきょく最後には「史実を材料にした人間の深層追究の試みとしてスゴかったね」という印象が残った。『ザ・クラウン』も、なんだかんだいって、いずれ同様の落ち着き方をすると思うのです。

 エリザベス女王もフィリップ殿下もチャーチルも、美点に加えて致命的な欠点を持った存在として描かれるからこそ共感できるし面白い。スキャンダル満載なのに、見終わった後、多くの視聴者にとって「当事者」たちへの好感度がむしろ上がっていると思うのです。

 もし綺麗事ドラマに仕立ててしまったら、好感度ウンヌンの前に、そもそも心に食い込むことすらない。これは大きなポイントです。全般的に一筋縄ではいかない描写が多用されていて、そういう文脈の「読み取り」のチカラが視聴者側に要求されているのだろうなとも思う次第。

シーズン5でダイアナ元妃を演じるのは「TENET」などにも出演しているエリザベス・デビッキ (シーズン5予告より)

『ザ・クラウン』は、王族のスキャンダルや人間関係トラブルについてかなりオープンに議論されてきたイギリスをザワつかせるくらい、攻めた解釈と大きな影響力を発揮してきました。個人的にも「君主の哲学+侍従の知的蓄積」により形成される意志決定(政策助言)システムが、一種の集合知性体としてどのように機能するかを描く「人間的非人間性ドラマ」として極限に秀逸だなと感じます(2022年10月時点では、ですが)。

 なので「史実と異なる」「解釈が強引」という批判はあれど、私は最後まで観届けたいと思っています。むしろ心配なのは、世間的批判の強さに直面して制作サイドが節を曲げたり迷走を始めてしまうこと、ですね。

 ではでは、今日はこのへんで、Tschüss!