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●1.人を殺すという犯罪の動機が極めて乏しい

 被告らは300円を詐取しなければならないというほど困っていないし、必要もないことは一審判決も認めている。

 幸次郎の人格といい素行といい、一家共謀して恐ろしくも殺さねばならぬという理由がない。息子たちは父親と仲が悪かったかといえば、それどころではない。幸次郎は非常に子どもたちをかわいがって、小遣いなども余分に与えていた。

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 マサは幸次郎と夫婦げんかもしたし、ミタと幸次郎が衝突した場合にはいつもミタに加担していた。だが、それは夫につけばますます騒ぎが大きくなるからだ。こう観察してくると、何のためにこの重大な犯罪をしたか怪しまずにはいられない。

●2.被告要太郎は極めて温順な性格である

 自分をかわいがってくれた父を殺すのだから獰悪(獰猛で悪い)な人間であるはずなのに、事実は反対。

 横越村には「忠誠會」という青年会があるが、要太郎は衆望を担って会長を務め、酒も飲まず、遊里に足を踏み入れず、業務に勤勉な村の模範青年。小学校を卒業した後も中学の講義録を取って仕事の余暇に勉強し、忠誠會の夜学に通学していた。

 この青年が聞くも恐ろしい親殺しをしたとは思えないと、要太郎を知っている人は口をそろえている。

●3.最初に犯行を自供した幸太の申し立てに矛盾が多い

 事件の前夜、父の留守中、4人が茶の間で殺害の相談をしたというが、その夜は6時から8時半まで、要太郎も幸太も忠誠會の夜学に行っていたことは事実。父と前後して帰宅していて、留守中に相談する時間はない。

●4.凶器の点が不合理

 幸次郎の頭部の傷は7カ所。杵で殴ったとすれば、頭部はみじんに砕けるが割れるかしそうだが、傷はいずれも口を開いている。1寸(約3センチ)に1寸3分(約3.9センチ)の「く」の字型の傷は凶器が杵でないことが常識で判断できる。医師の鑑定によると、幅7分(約2センチ)長さ2寸(約6センチ)以上の鈍器としている。凶器は杵でないことは非常に明白だ。

残された自供の謎。2人が語った言葉は…

 では、なぜ要太郎と幸太が自供したのか。大場弁護士は「不思議極る殺人事件」で、弁護を引き受けると直ちに東京監獄に行って直接、幸太と要太郎から聞いた話を次のように書いている。

 幸太 父が殺されて気が転倒しているところへ、予審判事や検事が父が殺された現場へ連れて行って、確かにおまえが殺したのだろう。ほかの3人は皆自白している。おまえはまだ年が若いから、事件に関係していても監獄へ行かずにすむから言えと脅かされて、予審判事に聞かれる通り、何事もハイハイとだけ返事をしたのですが、後になって気が落ち着いてくると、全くとんでもないことを申し立てたのですから、いまさら後悔しています。

 要太郎 私が何で父を殺しましょう。予審判事の前で心にもない自白をしたのは、全く一家を思ったからです。察してください。父を殺されたその日に一家4人は皆監獄へ入れられて、残っているのは幼い弟妹ばかりです。そのうえ、70近い祖母は監獄に入ったために死ぬかもしれません。ここで私が1人で殺したと言えば、3人は出獄できる。予審で殺したと申し立てたところで、実際殺していないのですから、公判へ回れば事実の真相は分かるだろう。とにかく私1人で引き受けて3人を出獄させたいばかりに虚偽の自白をしたのです。