織原が取調室で語ったこと
留置場から取調室に連行してきた織原を、捜査員は折り畳み椅子に座らせ、両手錠の鍵を外して、腰縄を椅子に括り付ける。
捜査員と入れ替わりに山代と井ノ口が部屋に入った。
「コーヒーでも飲むか、と言いたいが、これも近頃うるさくなって、自白強要とかで裁判にならないのさ。だからお茶で我慢してくれや」
と井ノ口が織原に言う。
「いただきます」
織原は嬉しそうに頼んだ。
井ノ口が織原の前に湯飲みを置く。
「喉でも湿してから話を聞こうか。夜はよく眠れたかい」
山代が落ち着いた声で尋ねた。
「あまり寝られなかった、ですね」
織原は他愛のない雑談には快活に応じる。
「昨日の検事調べ、まったく酷い。長野検事でしたっけ、私の話なんか取り上げてくれず、自分の想像したでっち上げを押し付ける。本当に気に食わない。腹の黒い嫌な検事ですよ」
織原は長野検事の鋭い追及に、辟易した様子でこぼした。
山代は織原の愚痴を笑いながら聞いていた。
「それはそうと、慶應高校を卒業して、大学までのエスカレーターに乗らないで、アメリカのさ、ハワイだっけ、大学に行ったのは、お金持ちの気紛れかな」
山代は揺さぶった。
「違いますよ。父親が死んで、ちょっと考えることがあったからですよ」
「それで帰国して、慶應大学経済学部の通信教育課程を受験したのか」
「ええ、そうです。学生でありながら事業をしていたので、通信教育を選択したのです」
「だがあんたはその受験に替え玉を雇った。謝礼は20万円だったとか。それが本当の話なら問題じゃないのか」
「噓です。誰がそんないい加減な話をしているんですか。冗談じゃない」
「噓か本当かは、あんたが一番知っているはずさ。20年以上前の話だ。誰も覚えていないと思っていても、その誰かが重要な手掛かりを覚えていれば、我々はどこまでも調べるのさ」
「誰が何を知っているんですか。そんな話、でたらめだ」
織原は気色ばんで言い返した。