生まれつき両耳が聞こえないケイコは、小さなジムで練習を重ねプロボクサーとしてリングに立つ。だがふとしたきっかけで生じた迷いが、彼女を立ち止まらせる。『きみの鳥はうたえる』の三宅唱監督最新作『ケイコ 目を澄ませて』が描くのは、人生の岐路に立つ一人の女性の姿。岸井ゆきのがボクサーのケイコ役を、三浦友和が彼女を支えるジムの会長役を演じる。原案は、実際に聴覚障害があり、2010年にプロデビューして活躍した小笠原恵子の自伝『負けないで!』。ただし、映画はケイコという一人の人物を新たに創造し、コロナ禍で彼女が直面する困難や逡巡を描く。

 一作ごとに新たな挑戦を続ける三宅監督。本作では16ミリフィルムで撮ることを決め、コロナ禍の東京の姿を克明に記録した。その製作背景はどのようなものだったのか、お話をうかがった。

三宅唱監督

過去の作品と同じことはできないし、目指しても仕方ない

――最初に映画のあらすじを聞いてまず思ったのは、「これは三宅唱版『ミリオンダラー・ベイビー』?」ということでした。岸井ゆきのさんが演じるのが聴覚障害のある若い女性ボクサーで、それを支えるのが三浦友和さん演じる年季の入ったジムの会長。聴覚障害という部分は違うけれど、二人の関係はまさにヒラリー・スワンクとクリント・イーストウッドだよね、と興奮したのですが、実際に映画を見ると、まったく別の方向を行く作品で、かつものすごい熱に溢れた映画でした。三宅さん自身は、この映画をつくる際、『ミリオンダラー・ベイビー』について何か意識はされていましたか?

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©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

三宅 最初に企画を聞いて、プロデューサーたちの念頭にはきっと『ミリオンダラー・ベイビー』があるんだろうな、とすぐに思いました。僕自身、『ミリオンダラー・ベイビー』に限らずいくつかのボクシング映画が頭に浮かびました。でもそうした過去の作品と同じことはできないし、目指しても仕方ない。ボクシングのことだって何も知らない状態だったので、まずはどこを目指すとも決めず、原案になった本とまっすぐに向き合い、与えられた条件のなかで一つずつ積み上げていこう、ということから出発しました。

――出来上がった映画は、原案となった本をかなり脚色されたとうかがっています。シナリオはどのようにつくられていったんですか?