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――ケイコが友人たちと会う場面では浅草の雑踏の真ん中で撮られていましたが、初日の撮影は、浅草でのシーンから始まったんですよね。

三宅 ケイコと友達二人がカフェで食事をするシーンから始まりました。僕ではなく演出部による決定だったんですが、結果的にここが始まりで本当によかったと思います。僕や撮影部は、事前に手話を習う時間がとれたけど、全スタッフが同じように準備できたわけではなかったので、俳優たち全員が手話で会話をする場面から撮影をスタートできたことで、こういう映画なんだとみんなが共有できた気がします。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

――劇中での手話の見せ方もおもしろいですよね。カフェでの場面はまったく字幕をつけず、彼女たちの手話での会話がそのまま映されていますけど、一方で、一番初めにケイコが弟と手話で会話するシーンでは、字幕が上に重なるのではなく、映像と映像の合間に字幕画面が挿入されます。あの形は、やはりサイレント映画での字幕の付け方を意識されたんでしょうか?

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三宅 サイレント映画って、言い換えれば徹底して「見る」映画だと思うんです。観客は最初から最後まで、身ぶりを見たり、字幕として出てくるセリフを見たり読んだりしているわけですから。この映画でも、字幕を読むことを映画を見る行為のなかに自然と取り込みたいな、とは当初からなんとなく考えていた気がします。

 最初の字幕の出し方は、少しずつあの世界に馴染んでいくための手段の一つ、という感じでしょうか。サイレント映画を見たことある人はどう感じるかわかりませんが、こういう字幕の出し方もあるんだと新鮮に思う人もいるかもしれない。それ以降のシーンでは手話にかぶさる形で字幕を出してもいますが、やっぱり最初は手話だけをしっかり見ることから始められたらなと思ったんですね。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

常に自らの肉体を日々厳しく律しながら生きる人々

――ケイコが試合前に青いマニキュアを丁寧に塗る、という細かい描写もよかったです。

三宅 原案になった本には小笠原さんの写真がいくつか載っているんですが、その姿がどれも本当におしゃれなんですよ。それで、実際の小笠原さんのファッションの方向性とは違いますけど、この映画のケイコもちゃんとおしゃれに気を遣う人にしようと自然に考えました。いつも清潔にしていて、マニキュアやピアスにもこだわっているんじゃないか、そんなふうにファッションの方向性を決めていくうちに、いわゆるろう者であるとか、ボクサーであるといった大きなカテゴリーから離れて、ひとりの人間としてのケイコがどんどん立ち上がっていくような気がしました。だから僕もあのマニキュアを塗るシーンは好きなんです。