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――ケイコは、ジムから帰るといつも、練習中に手に巻いていたバンテージを洗って干す、という作業を淡々とこなしますよね。

三宅 ボクサーの方にとっては、ああいう動作って日々当たり前のようにやっている行為なはずです。取材のためボクシングジムに通ううちにわかってきたのは、ボクサーの多くは常に自らの肉体を日々厳しく律しながら生きる人々だということ。そして自分をおざなりにしないからこそ、対峙する相手とも堂々と腰を据えて向かい合える人でもある。そういう彼らのあり方に一人の人間としてとても影響を受けました。自分は今までなんてだらしなくふにゃふにゃ生きてきたんだろうとも思わされたし。

 考えてみれば、俳優もまた自分の身一つで生きている人たちですよね。今回、自らの体や振る舞いに対する岸井さんたちの意識の高さを目にして、僕自身すごく元気をもらった気がします。それがお客さんにも伝わればいいですね。

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――この映画はケイコがもがき続ける時間を映していきますが、徐々にかすかな希望が見えてきますよね。あのラストシーンも、何かはたしかに終わってしまったけど、本当の意味では終わりじゃない、という表明のようで感動しました。コロナ禍で誰もが苦しく窮屈な時間を過ごしているからこそ、その先にある希望を見せたい、という思いもあったんでしょうか。

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

三宅 やっぱり、根本にあるのは小笠原さんの生き方です。一度プロになるのを諦めた時も、小笠原さんは別の格闘技を始めたり、常に好きなことを続けていた。ボクシングをやめたあとは、すぐにブラジリアン柔術を始めたみたいです。一個のことにこだわらず、その都度変化しながらなお好きなことをやりつづけている。その軽やかさが、大好きな映画『ローラーガールズ・ダイアリー』で女性たちがローラースケートですいすいと道を駆け抜けていく感じにも似て見えて、めちゃくちゃかっこいいなと思ったんです。壁にもぶつかるし転びもするんだけど、とにかく体を動かしていくエネルギーの強さ。僕がこの映画で目指したのはそういうかっこよさだった気がします。

みやけしょう/1984年生まれ、北海道出身。一橋大学社会学部卒業、映画美学校・フィクションコース初等科修了。主な監督作品に、『THECOCKPIT』(14)、『きみの鳥はうたえる』(18) 、『ワイルドツアー』(19)などがある。『Playback』(12)では、ロカルノ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、第22回日本映画プロフェッショナル大賞新人監督賞を受賞。『呪怨:呪いの家(全 6 話)』(20)がNetflixのJホラー第1弾として世界190カ国以上で同時配信され、話題となった。その他、星野源のMV「折り合い」なども手掛けている。