――ケイコ(岸井ゆきの)とトレーナーの松本(松浦慎一郎)がリングの上でトレーニングしている場面で、下で練習をしていた別の二人がリング上の二人を見ながら、自然と足のステップを真似する場面がありますよね。まるでダンスのようで美しい場面でしたが、あのステップは、ボクシングの練習としては普通の動きなんですか?
三宅 はい、実際にああいうステップワークがあるんです。僕も練習中にあの足の動きを見て、「うわ、これってもうダンスじゃん! これを撮りたい!」と思ったんですね。実はこの二組のペアが踊り出すかのような場面は文字にするのは難しく、シナリオには書いていなかったんですが、みなさんに話をして、現場で演出をしていきました。すでに三浦友和さんが次の場面の出演のために来ていただいていたんですが、「どうしてもこの場面を撮りたいので」と話をして、結局3時間くらい待ってもらいました。
――シナリオにはなく現場でつくっていったシーンは、他にも色々あったのでしょうか? たしか高架下を岸井さんが画面手前に向かって歩いてきて、その上を電車の光が通り過ぎていくシーンもシナリオにはなかったとうかがいましたが。
三宅 あの場面は、シナリオにはごくシンプルに「ケイコが道を歩いている」とだけ書いてあり、その前後を準備段階で読み込んでいく作業があったという感じですね。今回は幸いにもチーム全体でロケハンや事前の打ち合わせの時間をしっかり取ることができたので、現場で思いついて即興的につくっていったものは、意外と少なかった気がします。
あの高架下の場面は、さっと撮ったように見えて、実は光や音や美術装置などの工夫があるんですが、事前に何をどうつくりたいかを決め込んで、現場で確認し合いながら進めていくという感じでした。それこそスポーツ選手が試合前にいろいろ確認して準備をしていく作業に近いかもしれない。もちろんそこで岸井さんがどんな歩き方をするのかは現場に入ってみないとわからないので、その場で対応していく部分も大きいわけですが。
最初は手話だけをしっかり見ることから始められたら
――この映画の舞台を東京の東側、荒川や隅田川あたりに設定したのはどういう理由からなんですか?
三宅 まずは直感です。以前からこのエリアに興味があったので、まずは散歩してみようと、僕と制作担当の大川哲史さんとで歩きまわり、いろんな場所を見つけていきました。今回、ロケハンではとにかく歩いていた記憶があって、それだけ場所選びや環境作りにたっぷり時間をかけられた準備期間だったと思います。