最初に申し上げておくと、私自身は日銀の対応には概ね賛成です。各国の中央銀行が金利を上げているからといって、現在の金融緩和を根本的に変えて引き締め政策に移るのは、時期尚早だと考えます。欧米と日本ではインフレの種類が異なるので、何でも同じにすればいいわけではありません。
日本では物価上昇率が3%台まで上がり、2022年度は、日銀が物価安定の目標として掲げてきた前年比2%を達成するかもしれません。ただし、このところの物価上昇は、世界的な資源高が引き起こした一時的な現象です。特に日本は欧米と違って、賃金が上昇する気配がまだありません。実質賃金が下がれば個人消費も伸び悩むため、常識的に考えれば、23年の物価上昇率は徐々に下がっていくことが予想される。そこで金融引き締めをおこなえば、もともと危うかった景気が一気に悪化してしまいます。
金融政策の大枠は変えられませんが、円安対策で何一つ手がないわけではない。日銀がとりうる最も自然な手段として、私も含め多くの関係者が予想していたのが、長期金利の運用の弾力化でした。
現在の日銀は長期金利の変動許容幅をプラスマイナス0.25%程度に設定し、国債買入れによって金利の上昇を力ずくで抑え込んでいます。これが必要以上に円安を促しており、「日銀が金利操作にこだわっているぶん10円くらい余計に円安になっているのでは」と話すマーケット関係者もいるほどです。
例えばですが、この長期金利の変動許容幅をプラスマイナス0.5%程度にまで拡大し、ある程度の弾力性を持たせる。そうすれば、円安の進行を止めるまではいかないにしても、多少は勢いを和らげることが出来たはずなのです。
しかしながら、皆さんもよくご存知のとおり、肝心の黒田総裁が全く動こうとしませんでした(苦笑)。
長期金利を見直すことはおろか、定例会見では「当面金利を引き上げることはない」「(緩和継続は)数カ月ではなく2、3年の話」と、頑なな態度をとり続けています。
マーケットを挑発しているように見られてしまうきらいもあり、一時期は黒田さんが何か喋るたびに円安が進んでいました。ある時、会見を見ていたら「えっ、こんな挑戦的な物言いをするの?」と驚く場面があった。直後に140円までドーンと下落したので言わんこっちゃないと。どうしてあそこまで頑固な態度をとるのか不思議でたまりません。
黒田さんのラストチャンス
「なぜ黒田さんはここまで頑なになっているのか」
「金利を上げられない理由があるのではないか」
国民やメディアは疑心暗鬼に陥り、市場関係者の間でも様々な説が流れました。私もいろいろと考えてみたのですが、一番納得がいくのは、黒田さんが土壇場で“ラストチャンス”を狙っているという説です。
◆
本記事「賃上げを阻む『97年労使密約』」の全文は、「文藝春秋」2023年1月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されている。
賃上げを阻む「97年労使密約」