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「最悪でも床下浸水ですむ」はずが2メートル以上浸水に…宮崎県北部を襲った台風14号の被害はなぜ五ヶ瀬川流域で大きかったのか

宮崎県、知られざる台風被害3

2022/12/30

genre : ライフ, 社会

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 しかし、流域の被害は深刻だった。五ヶ瀬川は北方町を貫いて流れていて、越流に呑まれた集落もあった。「家が身長より高い位置まで浸水した」と話す高齢の男性は、「避難していたからよかったものの、家にいたら生きた心地がしなかったでしょう」と語る。

 川沿いの道路ではガードレールが落ちた箇所や、流木が引っ掛かった場所もあった。

五ヶ瀬川の越流が運んできた草木が絡みついていた(延岡市北方町)©葉上太郎

 収穫前の稲がなぎ倒された田んぼは、冬になってもそのままだ。

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 総合支所から2.5kmほど離れた曽木(そき)地区では、五ヶ瀬川の支流・曽木川からあふれた水や、内水氾濫で2m以上浸水した。

今回も「のまえる」が起きた!

「どういう漢字を書くのか分からないのですが、曽木には『のまえる』という言葉があります」。同地区で何度も浸水を体験してきた甲斐聖士さん(57)が教えてくれた。「五ヶ瀬川が増水すると、支流の曽木川の水が捌けなくなります。あふれた水が海のようになり、だんだん上がって来て、家々を呑み込むのです。これを『のまえる』と言います」。

 硬い表現をすれば、背水(はいすい)現象。つまりバックウオーター現象を、曽木地区では「のまえる」と言いならわしてきたのだ。それほどたびたび水害に遭ってきたのである。

 2005年の台風では、甲斐さん宅は2階の床上50cmまで浸かった。

 その後、国などの治水対策が進み、輪中(わじゅう)堤が造られた。以前は甲斐さん宅のすぐ横に、陸地側から見ると2mほどの高さの堤防があっただけだが、その曽木川側に新たに倍ほどの高さの堤が設けられた。これがぐるりと集落を取り囲む輪中堤として整備されたのである。

輪中堤。右が曽木川。左は遊水池の田んぼと家々(延岡市北方町曽木)©葉上太郎

 新しい輪中堤と、従来の堤との間には田んぼがあり、集落内や後ろの山に降った雨による内水を貯める遊水池機能が持たせられた。

「国交省の担当者は『これで最悪でも床下浸水で済むでしょう』と言いました。その言葉を信じていたのです」。甲斐さんは肩を落とす。

 今回の台風14号が九州を直撃した2022年9月18日、甲斐さんは1人で家にいた。

「立派な輪中堤に囲まれたので、よもや浸かるまい…」

 自身は2005年の台風後、同じ延岡市内でも河川氾濫とは無縁な地に移り、家には母(79)が独りで住んでいた。

 母は2021年3月まで、自宅で酒屋とガソリンスタンドを経営していたのだが、足が衰えてきたため廃業した。代わりに同年暮れから、甲斐さんの妻・美香さん(61)が空き店舗を改造して、雑貨とパンケーキの店を始めた。

「立派な輪中堤に囲まれたので、よもや浸かるまい」と甲斐さんは思っていた。それでも万一の時のために、「妻の店の備品は床上に移しておこう」と考えた。このため、1人で実家にいたのである。母は安全な妹宅に避難させていた。