「鹿児島中央」とは別に「鹿児島」という駅があるが…「雲泥の差、月とスッポンである」

 と、ここで忘れてはいけないのが、鹿児島中央駅のプロフィール、である。

 鹿児島中央駅とは別に、鹿児島市内には鹿児島という駅がある。互いに市電で結ばれていて、市街地の北の端っこにあるのが鹿児島駅だ。

 鹿児島駅は鹿児島本線・日豊本線それぞれの終着駅で、つまりは本来の鹿児島のターミナル、玄関口ということになる。

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 ところが、実際に訪れてみれば規模の小ささに驚かされる。駅前には市電乗り場が整備され、市街地の中のきれいな駅舎なのだが、明らかに賑わいには欠けている。鹿児島中央駅と比べれば、雲泥の差、月とスッポンである。

 これは、鹿児島本線建設の歴史的な経緯によるものだ。北から延びてきた鹿児島本線は、もともと現在の肥薩線ルート、つまり内陸を通って鹿児島湾沿いを北から鹿児島にやってきた。海沿いを通ると艦砲射撃の標的になる、と軍部の意見が採用されたとか。

 だが、急勾配を含む山越えはさすがに輸送効率が悪すぎる。そこで遅れて海沿いの、薩摩川内や伊集院経由の新線が建設される。そうしてあとになって鹿児島市街地の西の外れの田畑の中に、いまの鹿児島中央駅が開業した。1913年、当時は地名からいただいた武駅を名乗っている。

観覧車のある終着駅「鹿児島中央」

 その後、鹿児島本線の本ルートは海沿いに完全に切り替えられ、それとともに西鹿児島という駅名に改める。戦後の戦災復興計画では、比較的土地に余裕があった西鹿児島駅周辺を新しい街の中心とする方向で進められ、徐々にターミナルは鹿児島駅から西鹿児島駅に移っていった。並み居るブルートレインや特急列車が「西鹿児島ゆき」で運転されたのは、鹿児島の玄関口が移動したことを如実に表すものだ。

 そして新幹線の終点も、西鹿児島駅になった。それにあわせて2004年、西鹿児島駅は鹿児島中央駅と改称。名実ともに“鹿児島の玄関口”になったというわけだ。そしてその名にふさわしく、賑わいの度は年を追うごとに増している。そりゃあ、新幹線でやってくる人はみんな中央駅に降り立つのだから、活気づくのは自然ななりゆきである。

 

 鹿児島中央駅の駅ビルの屋上で、くるくる回っている観覧車。それは、本当の意味でこの駅が「鹿児島の中央玄関」になったことを堂々と示す、そういう意味のオブジェなのかもしれない。
 

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