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「あの子は裸で原稿を取りに来た」作家・桐島洋子の原点となった文藝春秋の9年間

2023/01/23
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「殺意抱きて」など珠玉の句を残す

 洋子 こうして話していると、段々と思い出してくるわね。受付係の時は、読者からの手紙に熱心に返事を書いたわ。編集者が忙しいから、受付に「やっといて」と押し付けてくるの。何年も後に物書きになってからだけど、読者から「昔、文藝春秋に問い合わせをしたら、桐島さんという方から懇切丁寧なお手紙をいただいて感激しました。あれはもしかしてあなたですか?」と書かれたお便りをもらったのを覚えてる。あれは嬉しかったな。

桐島洋子さん ©文藝春秋

 かれん なかには激しく非難するような投書もあったんでしょう。お母様も燃えちゃって、激烈な手紙を送り返したなんて言ってた。聞いただけで冷や冷やしちゃうけど。

 洋子 怒り狂った右翼だかヤクザみたいな人が、手紙を握りしめ、編集局中に響き渡る大声で「この無礼な手紙はなんだーっ!」と、会社に乗り込んで来たこともあったわ。社内は騒然としたけど、当時「文藝春秋」の編集長だった田川博一さんが、何とかなだめて帰してくれた。その直後、田川さんに呼び出されたのね。さすがの私も「ヤバイ! これはクビかな……」と青ざめた。でも田川さんはニコッと笑って「手紙を読んだよ。実に痛快な文章だった。いやぁ、きみは文才があるな」なんて褒めてくれたの。そのお蔭で編集局への配属が決まったようなものね。

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 かれん ようやく念願の編集者になれたわけね。以前、お母様が「私の人生はいつも手紙に助けられ、手紙で道が開けた」と言っていたのが印象に残ってる。

 文才といえば、社内の句会でも活躍していたと聞いたわ。

 洋子 何だっけ。細かい話は忘れちゃったわよ。

 かれん ほら、役職や年齢に関係なく、社員同士が匿名で俳句を出して、合評する会があって、「ポケットに鍵と胡桃と彼の掌(て)と」とか「あてもなく殺意抱きて汗の街」とか、まだ20歳なのに、妙に大人びた俳句を作ったって言ってたじゃない。

 洋子 「殺意抱きて」とか「老いたる妻を」とか、いかにも年配者が選ぶような言葉を入れておけば、目立つし、「これは重役の作かもしれない」って、社内のゴマすりたちが投票すると考えたのよ。戦略的にね。案の定、いつも句会では一等賞や二等賞を獲って、デパートで自分の欲しい賞品を選ばせてもらったわ。