ユーチューブやウェブマガジンで日々の生活や旅行の様子を発信し、注目を集める一組の夫婦。目の見えない2人が“見る”世界とは——。「文藝春秋」2023年2月号より一部を転載します。

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冷蔵庫の扉に貼られたメモには凹凸が

 大阪市内のにぎやかな駅前から、信号を3つ渡った先のファミリー向けマンションに、ある若い夫婦の自宅がある。

「ルイボスティーです。もし苦手だったら残してくださいね」

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 2022年の暑い季節の昼下がり。夫が出してくれた冷たいお茶で喉を潤しながら、室内を見回した。

 リビングは整頓されているが、旅先で撮った2人の写真や、クマやクジラなど色とりどりのぬいぐるみが温もりを添えている。キッチンのIHコンロには磨かれたやかんが、棚には使い込まれた調理用具がきれいに収まっている。

 冷蔵庫の扉に白紙のメモが貼られていなければ、若い夫婦2人暮らしのお手本のような家という印象で終わるところだ。が、白紙にはよく見ると凹凸がある。

「点字なんです」と妻が言う。

 彼らは夫婦揃って全盲なのだ。

谷口さん一家 筆者撮影

 32歳の夫・谷口真大さんは団体職員、26歳の妻・遥さんは教育関係の仕事をしながら、基本的には家族の手を借りず、2人で生活を営んできた。

 さらには夫婦の日常や共通の趣味である旅行の様子を、彼ら自身の手で動画や記事にし、ユーチューブやnoteというウェブマガジンで発信している。

 筆者が彼らを知ったきっかけもユーチューブの動画だった。自分たちの手作りカレーを味わって感想を言いあったり、入浴剤を使う時には香りに加えて発泡の音まで堪能したりと、視力がないぶん目の前のことに集中してじっくり楽しむ2人の姿からは、豊かさが感じられる。情報過多の世の中で疲弊しがちな晴眼者(目が見える人)としてはその豊かさに惹かれたのだった。