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暇さえあればスマホで時刻表を開き……

 そんな彼らの行動力を支える道具がある。スマホだ。音声読み上げ機能を使えば、メールやインターネットニュースなどの文章を読み上げ、耳から情報を得ることができる。カレーとシチューの箱が判別できない時には、パッケージの文字をカメラ機能を通して読み取る。旅先のホテルや飛行機の予約も音声によって自分たちだけで完結させられる。いずれも上の世代の視覚障害者ならできなかったことだ。

 真大さんのスマホの読み上げを実際に聞かせてもらうと、単語一つ聞き取れない速度だった。もはや何倍速かもわからないが「慣れですね」と真大さん。自分たちで記事を書く時には、スマホを持つ左手の幅の感覚からキーの位置を割り出して入力し、読み上げ機能で間違いがないか確認するのだという。

 スマホの普及が、バリアフリーの世界を広げていた。

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 もっとも、良いことばかりではないらしい。遥さんが唇を尖らせる。

「夫は会話の最中にスマホを見ることがあるので、それにはよく怒っています。私たちは一つのタスクしかできないのに、スマホを手にしちゃうともう何も聞いていないも同然なんですよ」

 これは多くの晴眼者も心当たりのある話だろう。飲食店へ行けば、同席者がいながらスマホを見ている人の姿は珍しくない。

 真大さんは、スマホの通知音が鳴ると、返信が必要な仕事のメールではないかと気になってしまうと釈明する。しかし遥さんは「本当に急ぎの用だったら電話するでしょ。なんで俗世間の時間の流れに流されるの」と手厳しい。真大さんは「俗世間って!」とウケている。

 見えない2人は俗世間とは違う時間の流れで生きられるのではないかと勝手に想像していた。メールやSNSにすぐ返信しなければならないという「即レス」のプレッシャーは見えない人にまで及びつつあるのか。

 真大さんは「たしかに」とちょっと神妙な面持ちになった。

「旅行でフェリーに乗ることがあるんですけど、出港したらほぼ圏外になるんです。それが心地いいというか、もうスマホを見なくていいと思うと解き放たれますね」

 真大さんがスマホを手放さないのには別の理由もあると、遥さんが言う。「夫は暇さえあれば時刻表を聞いていて、時々フフッて鼻で笑っているんです。数字の羅列の何がおかしいんだって聞くと、接続の分数とか法則に気づいて嬉しいと言うんですけど」

 そう、真大さんは鉄道オタクなのだ。「時刻表は一日でも潰せる読み物なんです」と顔を輝かせる。

 一体、読みながら何を思い浮かべているのか。

「基本的には、頭の中で日本地図をイメージしながら時刻表を見ていますね」

ジャーナリストの秋山千佳氏によるルポ「全盲夫婦が“見る”幸せ」は、「文藝春秋」2023年2月号および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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