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「捜査段階では、あなたは事故現場から逃げた理由について、『死んだり怪我させたりした相手の家族から報復されると思って怖くて逃げた』と言っていますね?」

「……はい」

「本当にそういう身勝手な理由で逃げたんですか?」 

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「……」

 検察官は弁護士よりも温厚な口調だったが、ジエウの沈黙はますます増えた。 

本人のフェイスブックページにアップされていたジエウの顔写真

証言台で棒立ちを続けるジエウ

「答えてください」

 法壇から声が飛ぶ。裁判官は40代なかばくらいの、端正な顔立ちの女性である。

 当初、彼女は淡々と裁判を進行させていたが、被告人の度重なる沈黙に辟易(へきえき)したのか、途中から露骨に不快そうな表情を示すようになった。

「……答えなくてもいいですか」

 長い静寂の後、ジエウが通訳を介して言う。法廷内に「おいおい」と呆れたような空気が流れた。反対質問が進む。

「倒れている被害者の痛み、つらさは想像できなかったですか?」

「……」

「逃げればよけいに、相手の怒りが増すとは思わなかったのですか?」

「……」

 検察官が大きく首をかしげてみせた。芝居がかった振る舞いだが、半分は本心かもしれない。裁判官もうんざりした口調で「答えられないならそう言ってください。答えるつもりはないの?」と介入する。

 ジエウは小さな声で「はい」とだけ答えて、証言台で棒立ちを続けた。 

紋切り型の日本語を呪文のように唱える

「本当に反省しているんですか?」 

「……もうしわけないです」

「本国の家族に頼んで、遺族にすこしでも弁償する気は?」 

「……私は技能実習生で家族は農業なので、お金ありません」 

「できないのですね?」

「はい」

 反対質問が終わり、ジエウは裁判官にうながされて被告人席に戻った。目からボロボロと涙をこぼしている。これは何の涙なのか。いまさら泣くのなら、もっとちゃんとした態度で裁判に臨めばいいのに。

 すでに逮捕・起訴されている現在の状況で、自分の利害を合理的に考えるならば、裁判のなかで反省と更生の意思を示したほうがいい。そうすれば遺族の処罰感情や裁判官の心証がすこしでも和らぐ可能性があるし、自分の処罰もすこしは軽くなるかもしれない。