事前に弁護士としっかりコミュニケーションを取っておくことも重要だ。彼女は裁判中に「技能実習生」と名乗ったが、実際は勤務先から数ヶ月で逃亡している。たとえば外国人労働者に対する人権問題を言い立てることも──。それが好ましいことかはさておき、自分が助かるために裁判戦略を組み立てることは刑事被告人に許されている権利だろう。
だが、ジエウはそうした努力をまったくせずに裁判中は黙り続け、終わってから泣いている。
とはいえ、彼女のような振る舞いは、私がこれまで取材した在日ベトナム人の技能実習生やボドイ(編注:技能実習先を逃亡するなどして不法滞在・不法就労状態にあるベトナム人の総称)たちの姿を思い浮かべてみると、比較的見慣れたものでもあった。
相手が弁護士か、検察官や裁判官かを問わず、自分よりも立派そうな人間から難しいことを言われたときは、とにかく沈黙してしまう。もしくは「がんばります」「にほんがすきです」「ごめんなさい」といった紋切り型の日本語を呪文のように唱え、その場をやりすごす──。
自分が置かれた環境を理解して、もっと適切な行動を取ればいいのにと歯がゆくなるが、彼らはそれをしない。そもそもジエウが日本にやってくる契機になった外国人技能実習制度にしてからが、発展途上国の内部でも判断力が低い(もしくは教育上の問題から「低くなった」)人たちを丸め込んで入国させ、安価な単純労働力として充当する仕組みとして、実質的に運用されている制度なのだ。
私は自分の席から左手に視線を送った。じっと耐えるような表情を浮かべる遺族らしき女性と、証言台に立つジエウの背中を睨みつけるスーツ姿の女性がいる。後者の女性は、年恰好から見て被害者の事務所の同僚かもしれない。
静かな住宅街での惨劇
事故は2020年12月19日午後5時5分ごろに起きた。
当日、茨城県古河市東山田の天候は晴れ。郊外に自宅兼事務所を構える当時55歳の建築士のKは、長年の日課であるジョギングをこなしながら、交差点に差し掛かろうとしていた。
本来なら、やや西にある県道17号線の歩道が彼のトレーニングコースだ。しかし、この日午後の古河市には最大瞬間風速11メートルのやや強い西風が吹いており、気温も1桁台だった。
田んぼのなかに伸びている道路を走ると寒い。ゆえに彼は、風の影響を受けにくい住宅街に向かった。しかし、結果的にこの小さな判断がKの運命を暗転させた。
「側道からミニバンが、一時停止も左右確認もなく市道に突っ込んできた。結果、走っていた車と出会い頭に衝突した。そして、ミニバンが跳ね飛んだ先にKさんがいたんです」
事故から約1ヶ月半後、現地に行った私に、近所の男性はこう証言した。彼は事故が起きた交差点のそばで理容店を営んでおり、被害者のKとは「在学中の付き合いはなかった」 ものの中学校の同級生だ。Kは学生時代に陸上部に所属しており、卒業から約40年を経た現在もジョギングを続けていたようだ。
だが、理容師がそんな同級生の近況を知ったきっかけは、店の前で起きた悲惨な交通事故だった。店内で働いていた彼の妻も言う。