「物音を聞いて、様子を見るために近所の人たちが家から飛び出しました。でも、ミニバンに当たった車を運転していた女の人には『大丈夫ですか』って声を掛けにいったんですけど、倒れているKさんには、怖くて誰も近寄れなかったんです。仰向けのままで、ぴくりとも動かない。一目で『もうだめだ』ってわかる感じで」
衝突で弾き飛ばされた車を回避できず、即死
市道を走っていた自動車を運転していたのは、近所に住む当時46歳のパート従業員の女性である。
さいわいほぼ無傷で済んだ。その後の裁判でも、法定速度内で走っていたという古河署の捜査結果が検察側から発表されている。
だが、衝突で弾き飛ばされたミニバンが目の前にいきなりやってきたKは回避しようがなかった。
彼の背後には運悪くブロック塀があり、車体の左後部と塀に頭を挟まれる形となる。
倒れたKは茨城西南医療センター病院に搬送されたものの、5時56分に死亡が確認された。脳挫傷により、ほぼ即死だった。
「事故を起こしたのは、車検が切れている古い日産セレナ。その後の捜査で、別の車のナンバーが違法に貼り付けられていたことが判明した。現場は見通しの悪い交差点だが、スピードを出すような道路ではない。本来、それほど事故が起きやすい場所ではなく、近年は死亡事故が起きた例もない」
2021年2月7日、取材に応じた古河署による説明だ。
もっとも、私が実際に事故現場に行ってみたところ、見通しもそこまで悪くない場所だった。事故の衝撃からかブロック塀がひび割れ、付近に自動車のライトの破片がわずかに散らばっていたが、献花などは置かれていない。注意して見なければ死亡事故の現場とはわからないだろう。
周囲は静かな住宅街で、数百メートル圏内に小学校や幼稚園、大きな児童公園がある。住民の生活水準は付近の他の地区よりもやや高そうだ。ベビーカーを押したり幼児と手をつないだりしている家族が何組か、路肩を歩いており、子連れ世帯が多く住む地域らしい。
凄惨な事故とは無縁──。というより、とりわけ交通事故が起きてはいけない地域だろう。もうすこし早い時間帯なら、児童公園帰りの親子にセレナが突っ込んでいてもおかしくなかったはずだ。
Kが命を落としたのはそんな場所だった。
建物のリノベーションを依頼 9年後にカフェもオープン
建築士だった彼は、過去に手掛けた作品がグッドデザイン賞を複数回受賞し、茨城・栃木・群馬など北関東各県の自治体のまちづくり事業や伝統建築保存事業に参画、専門学校の講師も務めるなど、地域の名士として知られていた。地元の『茨城新聞』で、大きく顔写真が掲載されて取り上げられたこともある。
「Kさんは、なんていうか……。ちょっと変わった人で、独自の世界観を持っているアイディアマンで、センスがありましたね。特に古民家の再生・保存の分野では第一人者と言っていい。歴史的観点からデザインを考える人でした。多趣味で、ジョギングのほかにコーヒー豆の焙煎(ばいせん)なんかもやっていて」
カフェの店長はこう話す。彼は在学期間が異なるもののKと同じ国立小山高専の出身で、茨城県筑西(ちくせい)市内で兄とともに飲食店「二葉ごはん」とカフェ「二葉じかん」を経営している。