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「おおやまけん せとうちし ◯◯◯◯ちょう せのすいさん」

 これが、フエンが送ってきたフェイスブックメッセージである。 

「せとうちし」はどう見ても瀬戸内市だろう。なので、「おおやまけん」は岡山県の誤記だと見当がつくが、「◯◯◯◯ちょう」はまったくわからない。ひとまずGoogle Maps で社名を検索すると、岡山県瀬戸内市牛窓の海岸に「瀬乃水産」(仮名)という会社が見つかった。牛窓は小豆島の対岸にある町で、「日本のエーゲ海」のキャッチフレーズとオリーブの生産で有名だが、カキ養殖も盛んである。

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 この手の取材はアポ無しが基本である。事前に電話で問い合わせて確認を取ると、仮に会社側が問題を抱えていた場合に、前もって対策されてしまう可能性があるからだ。

技能実習生としてジエウが働いた岡山県の漁村にあるカキ加工の作業現場。ここでの「カキ打ち」がジエウの仕事だった(撮影=Soichiro Koriyama)

集落に向かい、漁協を訪ねてみる

 そこで5月18日、私は郡山とチー君といっしょに岡山県に向かった。長距離運転を苦にしない郡山にドライバーになってもらい、都内から自家用車で9時間。満タンのガソリンタンクが空になったところで岡山市に到着し、3人で1泊7500円のAirbnb に泊まってから、翌日午前に牛窓に向かった。だが、私たちが目指した瀬乃水産は、どうやらジエウの働き先ではなさそうだった。

 再びフエンのフェイスブックメッセージとGoogle Maps を交互に確認して「◯◯◯◯ちょう」らしき近隣の地名を探すと、同じ市内の別の海沿いに似た名前の集落があった。さらに調べると、「瀬戸水産」という会社もあるようだ。さては、こちらのほうではないか。

「なんじゃ、あんたは」

 集落に向かい、漁協を訪ねてみると、いかにも海の男という感じのがっしりした中年男性が、強い備前言葉でそう答えた。

「去年、北関東で死亡ひき逃げ事件を起こしたベトナム人女性の過去を調べているんです。彼女が以前に、このへんで働いていたらしくて」

「そうか。確かに瀬戸水産という会社はここにあるけども……」

 漁協の男性は口数がすくないが、表情を見ると当方を拒絶している感じはない。私が自分の名刺を出し、ジエウについて記事を書いていることを伝えると、彼は「1時間ほど時間をくれんか」と答えた。集落のなかに同名の会社が複数あるので、確認するという。

「ネットの記事読んだよ。面白いことをやりょおるが」

 1時間後に漁協を再訪すると、さきほどの男性が笑顔でそんなことを言いながら瀬戸水産まで案内してくれた。どうやら「確認」の1時間には、瀬戸水産の川上の意向を尋ねるほかに、私が『文春オンライン』に書いた過去の記事のチェックも含まれていたらしい。

 このようにして顔を合わせた川上が、気軽に口を開いてくれたのはすでに書いた通りだ。