身の上話はウソばかり
「ジエウさんは茨城県内で知り合った恋人に、岡山の会社では中国人の実習生からいじめられ、それを苦にして逃げたと話していたようです」
「そりゃあたぶん違うな。だって、ジエウがうちで働いとった年は、ベトナムの子しかおらんかったから。これは書類もあるから、間違いないよ。1年先輩のベトナム人に性格のきつい子がおったが、ジエウにつらく当たったりはしてなかったし……」
そう言う川上から、当時の技能実習生の受け入れ書類と、ジエウのパスポートやビザのコピーを見せてもらった。確かに2015年当時の瀬戸水産では、ベトナム人しか働いていなかったようだ。
ジエウがボーイフレンドのカンに適当なことを話したと考えるしかないが、こんな小さなことまでウソをついていたのはなぜだろうか。ベトナムは中国と領土問題を抱えており、元海軍の国境警備兵だったカンは中国への警戒感情が強い。もしかしたら彼女はそれを利用したのかもしれない。
同期の他の子たちとはタイプが違ったジエウ
「ジエウが来た年は、ベトナム側の送り出し機関に問題があって、他の年より実習生の質がだいぶ悪かった。まだ覚えてるよ。ベトナム人の女社長の会社で、うちの先代(川上の父)がゴリ押しされて受け入れたんじゃ。でも、うちにジエウともうひとり、隣の会社にも2人が来よったけど、みんな女の子で合計4人、全員が逃げた」
ジエウは出国前に送り出し機関に、相場の倍近い150万円近くを払い込んでいたとされる。彼女には技能実習制度の被害者という側面もあるのだ。とはいえ、ジエウはあまりにも無気力で勤務態度が悪かった。
「同期の他の子たちと比べても、1人だけタイプが違ったね。ベトナム側の送り出し機関の研修を受けた期間が長かったいうて、実習生にしては日本語が上手かった。漢字もいくつかわかるようで、日本の地名もよく知っとった。でも、あらゆることにいい加減で、わしらの言うことをなんも聞かんのよ。他人に無関心で、他のベトナム人とも打ち解けてなかった」
話を聞きつつ、机の上に置かれたジエウのパスポートのコピーに目を落とした。
発行は2015年12月15日。写真に写っている約5年半前のジエウは黒髪で、顔もふっくらしており、牛久署の接見室で見せた痩せて黒ずんだ顔と同一人物とは思えない。ただ、名前と生年月日は間違いなく本人だ。当時の瀬戸水産ではベトナム名の読みがわからなかったらしく、余白の部分にボールペンで「テラン・ティ・ホン・ジョー」と書き込みがある。
村のなかでは「貯金が50万貯まると逃げる」と噂が
「こういうのもある。あいつ『妹が埼玉にいます』言うて、妹の通帳にカネを振り込んだことがあった」
当時のジエウが送った45万円の電信振替請求書のコピーだ。
この取材の前にフエン本人から聞いた話では、ジエウが瀬戸水産の実習生寮にWi-Fi の接続環境がないと伝えたので、フエンがポケットWi-Fi を郵送し、ジエウはそれを使って在日ベトナム人の脱走ブローカーと連絡を取って逃げたという。この45万円の電信振替は、逃亡前に妹に預けた逃亡資金か、それとも妹を経由して脱走ブローカーに払い込んだ手数料だったのかもしれない。