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 ジエウに限らず、この集落ではほぼ毎年、一定数の技能実習生が逃亡している。近年はコロナ禍の影響と、各業者が、逃亡率が低いとされる男性実習生を多く雇うようになったことで数が減ったが、ジエウが逃げた2016年ごろは集落全体で1年間に約10人が逃げていた。

 村のなかでは「貯金が50万貯まると逃げる」と噂が流れていた。かつて多かった中国人たちは、逃げる前でも様子を変えなかったが、ベトナム人は逃亡を決めると明らかにテンションが上がるのでわかりやすいという。

「あいつもなあ。逃げる3日くらい前から、いきなり明るくなって、ニコニコしながら手際よう仕事するようになったんよ。『さすがにこれまでの自分を反省したんか』と家族と話し合うとったら、本人がおらんなった」

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戦国時代からの歴史ある漁村の路地を行き交う、ノンラー(ベトナム式の編み笠)姿のベトナム人技能実習生たち。現代の日本の地方社会を象徴する光景でもある(撮影=Soichiro Koriyama)

「男とデートに行く」と偽の予定を告げ、村から脱出

 村から技能実習生が逃げるときは、バス停の近くに個人の荷物をこっそり隠しておくか、あらかじめ決めておいた逃亡先に荷物を発送する。とはいえ集落付近の郵便局やコンビニからは情報が筒抜けであるため、発送については別の会社で働く技能実習生の同胞にかわりにやってもらい、本人は職場に出勤してアリバイを作ることが多い。

 集落外に出るバスは日没前にほぼなくなるうえ、顔見知りに姿を見られるリスクもある。なので、フェイスブックの不法滞在者コミュニティなどで知り合ったブローカーに車を出してもらって、夜中にそっと消える実習生が多いという。ジエウの場合は、他の実習生たちに「男とデートに行く」と偽の予定を告げ、夕方から夜にかけてブローカー経由で村から脱出したようだ。

「あいつは逃げる前に、他の会社のベトナム人の技能実習生たちからあれこれ理由をつけてカネを借りとって、5万円ぐらい持ち逃げしたと聞いとる。ただ、当時いちばん仲が良かった実習生の1人は『仲が良くても信用できない相手だから』いうて、500円しか貸さんかったらしい」

 友人からもそう見られている人物だったのだ。 

「人を殺してもへっちゃらで逃げそうなタイプだった」

 お茶を出してくれた川上の妻も言う。  

「確かに変わった感じの子でしたよ。うちに来たときは25歳だったんだけど、年齢相応のキャピキャピした女の子らしいところが、全然なかったんですよね。スレた感じっていうのかな。そういう子だったと思います」

 技能実習生としては日本語能力が比較的高く、いちおう日本語で文章も書ける。ただ、性格は愛嬌がなく気怠(けだる)げで無責任、なんとなくスレた雰囲気を感じさせる──。外見こそ違うものの、川上夫妻が覚えている約5年前のジエウの人となりは、私が牛久警察署で会ったときの印象とほとんど違わない。彼女はもともとそういう人物で、場当たり的な行動を重ねた末に事故を起こして、人を死なせてしまったのだ。

 来日の当初は真面目で純粋だった若い女性が、技能実習制度の矛盾や日本社会の労働問題に耐えかねて逃亡した末に道を踏み外した──。という記事にしやすいストーリーを、取材する立場として期待していなかったと言えば嘘になる。しかし、現実はもっと残酷で救いようがないものだったのだ。

 川上が言葉を継ぐ。 

「あいつは最近、茨城県で人をはねたというじゃろ。たしかに、人を殺してもへっちゃらで逃げそうなタイプじゃった思うよ」

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