今、目の前にある国境でなく、数百年は遡って考えろ。過去の歴史が、現代の人間も突き動かすという意味だ。
そして、プーチンが、かねて帝政ロシアに強い郷愁を抱き、ピョートル大帝やエカチェリーナ2世を尊敬するのは、よく知られる。ピョートル大帝は、17世紀末からの皇帝で、スウェーデンとの戦いに勝ち、バルト海へ進出した。エカチェリーナ2世も、18世紀後半の女帝で、クリミア半島などを獲得している。
これは取りも直さず、プーチンの中の地図が帝政ロシアであるのを示し、当然、ウクライナも含む。1917年の革命で消滅した帝国の地図が、彼を突き動かしていた。
妄想じみた野心を持ち事件を引き起こす彼らと同じ“地図”を見ればいい
同じことは、2022年12月に発覚したドイツのクーデター未遂にも言える。国家転覆を図ったとして、貴族の子孫ら極右組織のメンバー25名が逮捕された。1918年まで続いたドイツ帝国の復活をめざし、武装して連邦議会議事堂などを襲う計画だった。
一見、荒唐無稽に映るが、いずれも約100年前に消えた国家に郷愁を覚えていた。それが、妄想じみた野心を生み、歴史に残る事件を引き起こす。それを察知するには、彼らと同じ地図を見ればいい。
<とにかく、毎日、世界地図を見なさい>
オットー大公の言葉は、数百年の時を経て培われたハプスブルク家の知恵が凝縮されていたのだった。
生前の田中も、こうした大公の危機感を感じ取ったようだ。亡くなる2年前の1991年、当時の宮沢喜一内閣の官房長官、加藤紘一を訪ねている。この時の面談について、加藤は筆者にこう語った。
「小1時間ぐらい、話したと思います。田中さんが言うには、『これからの世界は、右とか左とか、イデオロギーじゃない』と。『それは宗教であり、ナショナリズムであり、民族主義だ。これから、世界は大変なことになる。だから、政治家として、あなたもきちんと勉強しておいてほしい』と。そんな話でした。そういう視点で物を考えてなかったんで、非常に新鮮だったのを覚えてますね」
<これから、世界は大変なことになる>
この田中の言葉も、ロシアのウクライナ侵攻で現実になった。
2011年7月、オットー大公は、98歳で生涯を閉じた。ウィーン市内のシュテファン大聖堂で行われた葬儀には、スウェーデン国王夫妻やオーストリア大統領夫妻ら、各国王族や政治家が参列した。そこへ日本から招かれたのは、亡き田中清玄の長男、俊太郎夫妻だった。