「福利厚生」不十分な人民解放軍
林 さらに見落としてはならないのが、人材の問題です。中国は軍制改革の一環として、2017年に(軍事科学院や国防大学などの)軍校の教育を大幅に刷新しました。改革後の新しい教育を受けた幹部候補生が、軍の中心になるのは、おおむね2030年代になってからです。
そもそも、民間に流れてしまいがちな優秀な人材を、いかにして軍にリクルートするかという問題は、中国に限らず全世界の軍隊が頭を悩ませています。ただ、その答えは簡単で「待遇を良くする」ことに尽きます。しかし人民解放軍の場合、(除隊後の生活を支援する)退役軍人事務部が作られたのは2018年で、関連する法律はいまだに整備されていません。現代の戦争を担えるような優秀な人材の確保という点でも、人民解放軍にはまだまだ多くの課題があります。
――ゆえに、早期に中国が大規模攻勢をかけることはない。
林 はい。私はそう考えます。中国が充分に戦える状態になるのは2035年ごろ。ただ、それまでにはアメリカや台湾も相応の対策を立てますから、それ以降も中国が攻めてくることは、決して容易ではないでしょうね。
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近年、日米両国のメディアでは台湾の話題がかまびすしい。だが、台湾を実際に訪れ、街を歩いて軍を取材してみると、軍民を問わず「有事前」のピリピリしたムードはまったく感じられない。いっぽう中国についても、習近平個人への権力集中によって、非論理的な行動を取る「暴発リスク」が以前よりも大きく上がってはいるものの、近い将来の大規模侵攻の気配はそれでも薄い。
「孫子の軍隊」である中国の戦略は、戦わずして勝つことを上策とする。すなわち、台湾を武力で恫喝し、経済活動を妨害したりデマを流したりして戦意をくじいて、民意として投降を選択させることが、中国にとっては最も望ましいシナリオだ。
現在、日本で台湾有事のリスクを実態以上に騒ぎ、旅行や投資や留学を手控えるなどの過剰反応を取ることは、逆に台湾を苦しめ中国の思う壺となる危険性がある。台湾有事については、冷静に情報を精査して「正しく怖がる」ことこそが必要ではないだろうか。
写真=安田峰俊
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