植田氏が審議委員時代にこれほど活躍しなければ、総裁に選ばれることはあり得なかったと言える。「決定会合の議論への貢献は抜きん出ていた」(元副総裁)という。植田氏と意見を異にすることもあった速水氏も「日銀を将来担える人材」とほめたほどだ。そして、植田氏の力量に一目も二目も置き、高く評価していたのは雨宮氏だった。
岸田首相が4月8日に任期満了を迎える黒田氏の後任を本格的に検討し始めたのは、昨年夏からだ。7月に安倍元首相が銃撃事件で亡くなり、総裁人事をめぐる情勢にも変化が生まれていた。エネルギー価格の急騰と円安による物価高が広がり、黒田総裁には市場の刃が向けられた。夏から秋にかけて、円売りや長期金利の上昇圧力が強まり、日銀執行部は苦境に立たされていた。
人事で最も有力な選択肢とされたのは、雨宮副総裁の昇格だ。「黒田氏を支えてきた雨宮氏ならリフレ派も納得するはず」(財務省筋)と見込まれた。一方、ライバルとされた中曽宏前副総裁は意欲を見せなかった。
雨宮氏の昇格を嫌った福井俊彦元総裁と白川方明前総裁
だが、福井俊彦元総裁と白川方明前総裁が雨宮氏の昇格を嫌った。福井氏は「今の日銀は市場機能を軽視しすぎている」と憤っていた。白川氏はもともと大規模緩和の効果を信じていない。500兆円を超える国債を保有することで生じる日銀のリスクを懸念し、10年も同じ政策を続けていることに不信を強めた。黒田氏がかつての日銀を「あまりに保守的で中銀の役割を果たさなかった」と考えていることも、彼らの怒りを増幅させていた。
彼らは「(雨宮氏が)大規模緩和を続けてきたのは、中央銀行への背信だ」といった思いも強かったようで、日銀旧主流派の雨宮氏に対する風当たりは強かった。自民党三役を経験したベテラン政治家も「日銀の現役・OBの内紛はどうなっているんだ」と驚き、「雨宮氏が後継総裁になるのは難しいのではないか」と漏らすようになった。