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 荒れに荒れて3人にまで傷を負わせた賊はまたも膳兵衛の部屋に来て、女房よしのそばに進み寄り「サア、野郎はみんな斬ってしまった。かかあ、金のある所へ案内しろ」と脅迫。抜き身を女房の顔にペタペタ押し当て「騒ぐな」と脅すと、女房は「静かにしますから斬らないでください」と言いつつ十畳の間に案内した。押し入れの銭箱の中からブルブル震えながら金を取り出そうとしたとき、賊はいきなり「このかかあはふてえやつだ。10年前の恨み、覚えているか。貴様のためにひでえ目にあったぞ。このあまあ」と言いざま、左の腰目がけてザックと斬り込み、胴の半ばまで斬ったからたまらない。よしはアッと叫んだのがこの世の名残り。そのまま倒れて息絶えたのを賊は心地よさそうに見やり、「ざまあ見やがれ」と言いながら、足を上げて頭と背中を二度三度蹴りつけた。

この事件には“思い当たること”があった?

 憎々しい悪漢ぶりだが、記事はこの後、「10年前の恨み」と聞いて、膳兵衛が「さてはあれか」と思い当たることがあったと書いている。

 10年前の1888年2月22日夜、抜き身を持った1人の強盗が膳兵衛方に押し入り、金銭と衣類を強奪して逃げた。間もなく逮捕され、土浦重罪裁判所で公判が開かれたが、よしは証人として召喚され、被告と対面のうえ「強盗はこの男か」と問われた。顔を見ると同じ村の男だったので、驚きながらも「どうせ強盗まで犯す男なら死刑か無期に処されるだろう。ならば復讐される気遣いはない」と思い「相違ありません」と答えた。

 被告は大いに怒り、反論したが、無期徒刑となって樺戸集治監に送られた。たぶん、その男に間違いあるまいと膳兵衛は思ったという。

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 この記事には不審がある。というのは、殺された坂本よしは、名字からも分かるように坂本啓次郎の伯母に当たる。正確には継母の姉で血のつながりはないが。報知の記者はそのことを知らずに書いているようだ。

 一方、記事の冒頭に「樺戸集治監を脱獄」とある。ということは、身元をほぼ特定しているようにも読める。どうなっているのだろう。

「10年前の恨み」について「史談裁判第3集」は「無期徒刑を受けた事件で、よしの夫膳兵衛が(坂本に)不利な証言をした」ことを挙げている。この方が正確なように思える。ただ、坂本のよしへの恨みは、自分を「虐遇」し、その後家を出た継母への恨みに重なっているのは間違いないだろう。

 報知の記事はそのあと、膳兵衛の次男に土蔵に案内させ、衣類などを奪ったうえ、「飯を食わせろ」と言って、よしが死んでいるすぐそばで、鮮血が流れている縁に腰掛けて水を掛けた飯を6杯食べたと書いている。そして、握り飯を作らせて悠々と立ち去ったと。

「史談裁判第3集」は「その残忍なことは言語を絶するといえる。彼の感覚はマヒしていて、人を斬ることは飯を食うぐらいの日常事であったようである」と指摘する。