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イギリスではなぜ鉄道員、教員、そして看護師までストライキを始めたのか? 混迷する現代に示唆をもたらしてくれる“ある哲学者の思索”

國分功一郎とブレイディみかこが語る“沈みゆく世界”#1

source : 文學界 2023年3月号

genre : ライフ, 社会, 国際

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分かっていたけれど改めて実感したイギリスの“二枚舌”

國分 そうですよね。それから自由意志の問題にも触れていただきました。『中動態の世界』という本で僕は「非自発的同意」という概念の話をしています。同意しているからといって、自発的にそうしているわけではないということを指す概念です。たとえば、ストライキという方針が決まってやることになったけど、自発的にやったのかというと、それはやらざるを得ないからやった。これはまさに「非自発的同意」ですね。

 環境経済の分野で原発絡みの問題を研究している教え子が、「自主避難」という言い方も非自発的同意だということを言ってました。「自主避難」というと、自分の自由意志で避難したというニュアンスが出ますが、そうじゃないんです、と。追い詰められた上でのやむを得ない転居なのに、自主的な避難だと言われてしまう。この構造はイギリスでやむなくストライキに踏み切った公務員やキーワーカーと非常に似ていますね。

 その発端になっている物価高は複合的な要因が重なっているのでしょうけど、やっぱりウクライナでの戦争が大きな要因になっていると思います。ウクライナでの戦争については、イギリスではどういうふうに捉えられているんでしょうか。

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©AFLO

ブレイディ まず、メディアの報じ方にびっくりしました。こんなに大々的に報道するのかって。イギリスがシリアを空爆したときも、テレビで延々と国会中継をするなど、けっこうな騒ぎでした。でも今回は騒ぎ方の規模が全然違います。やっぱりヨーロッパで起きた戦争ということで、衝撃の度合いが違うんですね。

 私の一番仲のいいイラン人の友人は、これでイギリスの視点が分かったとはっきり言ってました。EUを抜けたとはいえ、やっぱりヨーロッパなんですね。「シリア空爆の際は、自分たちが当事者であるにもかかわらず、今回のようにふだん放送されている番組をキャンセルしてまでディベート番組に変更するようなことはなかった。中東への空爆はいまよりも衝撃を受けてなかったのか」って。その感覚は私もよくわかります。

 イギリスの二枚舌ぶりも実感しましたね。ロンドンがロシア・マネーの港になっているなんて、みんなわかっていたことです。マネーロンダリングをしているペーパーカンパニーを探っていったらロシアのオリガルヒだったというドラマもけっこうありますから。

 わかっていたけど、放置していたんです。ところが遠い国で戦車が走り出すと、急に「やっぱり規制するべきだ」と手のひらを返して、ロシアの富裕層の資産を凍結し、「私たちはウクライナとともにある」なんて言うわけです。さすがこの国の二枚舌というか……。