「主治医(消化器外科医A)の言葉では『特に緊急を要する状況ではなかったが、何度もやっている処置なので、問題なくできるだろうと考えて、勢いでやってしまった』と。普段やり慣れているから平気だろう、という考えでやってしまい、結局こういうことが起きた。どんなに簡単な手技であっても、しっかりインフォームドコンセントを行うことを、全職員に周知徹底していくことが必要」(副院長の発言・抜粋)
遺族が病理解剖を希望したにもかかわらず、「死後の検証」は画像診断だけ…
前出の「胸腔穿刺に係る死亡事例の分析」にもこうある。
〈できる限り書面を用いて、胸腔穿刺を主とした説明の機会を設けることが望ましい。患者個別のリスクを踏まえた胸腔穿刺の必要性や致命的合併症の危険性、胸腔穿刺を行わなかった場合のデメリットを説明する〉
消化器外科医Aにとって「胸腔穿刺は何度もやっている処置」だとしても、一般的な健常者よりハイリスクだった男性にとって、インフォームドコンセントは必要不可欠だったといえる。
最後に指摘された「死後の検証」は、“死亡原因の究明”と置き換えてもいいだろう。
問題点として指摘された理由は、実際に遺体を切開して死因の究明をする病理解剖を遺族が希望したにもかかわらず、それをせずに画像診断の「Ai」=オートプシー・イメージング(死亡時画像診断)に誘導したとも解釈できる、不可解な対応があったからだ。
「Ai」の死因究明率は30%程度
副院長によると、消化器外科医Aは次のように証言したという。
「ご家族から『病理解剖して下さい』と言われたが、Aiのことを話していなかったので、情報共有のつもりでAiのことも後から説明をした。するとご家族が、『じゃあAiでもいいかな』と言ってAiに変わってしまった」(副院長の発言・抜粋)
病理解剖とAiに詳しい福井大学の稲井邦博准教授(病因病態医学講座)は、次のように解説する。
「病理解剖は、臓器の形や色の変化、組織や細胞の異常などから、死因の全貌を理解するために重要な、“発症してから亡くなるまでのプロセス”を、時系列で解析することが可能です。一方のAiは“亡くなった時の状態”を画像から診断する手法ですので、プロセスを遡れないことも多く、病気で亡くなった方の死因究明率に限定すると30%程度(*注4)とされています。
死因究明の方法として、最も信頼性が高いのが病理解剖であり、Aiはその補完として併用するか、家族が遺体を傷つけたくないという場合に使われるのが一般的です」
(*注4:交通事故などの外傷死の場合、Aiの死因究明率は約90%)
病理解剖とAiのそれぞれの特性は、医師にとって一般常識であり、消化器外科医Aが知らないとは考えにくい。したがって、病理解剖を希望していた家族に、あえて死因究明率の低いAiの説明を行なったことを専門家は問題視したようだ。
「病理解剖とAiでは、得られる情報量が違う。今回、病理解剖をちゃんとやっていれば、もっと詳細な手技的なことも分かったのではないか」と副院長は述べている。