東京女子医科大学病院ICU(集中治療室)で、60代男性が医療ミスにより死亡した事故(#10を読む)に関して、新たな事実が判明した。死亡原因となった処置を、担当医はインフォームドコンセント(後述)がないまま実施して、事故調査委員会に「勢いでやってしまった」と述べていたのである。このほかにも、不適切な対応を重ねていたことから、東京都は厳しく指導を行なったという。
命を守る要というべきICUで、なぜ患者の命は奪われたのか。迷走を続ける女子医大で起きた、死亡事故の真相を独自取材で追った──。
◆◆◆
事故調査委で明らかになった、医療安全を軽視した杜撰な対応
2月10日午後、女子医大病院・総合外来センターの大会議室で行われた病院運営会議に集まったのは、全診療科の教授たち約60人。そこで、去年起きたICUの死亡事故について、調査の中間報告が行われた。女子医大の事故調査委員会は、他の大学病院から3人の専門家を招き、担当医のヒヤリングを行うなどした上で、報告書を作成したという。そこで明らかになったのは、医療安全を軽視した杜撰な対応だった。
まず、死亡事故の経緯を振り返っておきたい。
去年9月下旬、60代の男性が自宅で強い腹痛と下血(*注1)を起こし、女子医大病院に救急搬送された。だが、救急外来の医師は、原因を特定できず、男性を一般病棟に入院させている。翌朝、男性の容態が悪化して心停止してしまう。救命措置で心拍は再開、人工呼吸器が装着された。そして消化器外科医Aが、腹部の緊急手術を行い、男性は一命を取り留める。ICUに移された男性の集中治療は、専門ではない消化器外科医Aが担当することになった。
(*注1:肛門から血液成分が排出されること)
本来であれば、人工呼吸器を装着した患者は、ICUの集中治療専門医が管理する。だが、女子医大病院では、集中治療専門医10人のうち9人が、理不尽な懲戒処分などで辞職に追い込まれ(#5、#6を読む)、去年9月からICUに集中治療専門医がほとんどいなかった。大学病院としては前代未聞の状況だったのである。
専門外の消化器外科医のミスで、大量の出血が起こり男性は死亡
板橋道朗病院長が暫定措置として「患者を手術した診療科が、ICUでの管理も担当する」という方針を打ち出したため、消化器外科医Aは、専門外の集中治療を担当せざるをえなかった。この消化器外科医Aは、板橋病院長が教授を務める診療科の部下でもある。
緊急手術から1週間後、消化器外科医Aは男性の人工呼吸器を外すことを決めた。ただ、この時、左の胸腔に「胸水」が少し溜まっていたことから、ICUで胸腔穿刺(きょうくうせんし)を行っている(*注2)。その際、消化器外科医Aの手技にミスがあり、大量の出血が起こって男性は死亡してしまったのだ。
(*注2:胸の横側からチューブを挿して、胸腔に溜まった胸水を抜く処置のこと。「胸腔ドレナージ」とも呼ばれているが、本稿では胸腔穿刺に統一した)