「自分の体って、好きでも嫌いでもなくても、これ一つしかない。完璧には好きになれなくても、折り合いをつけるということは書きたいと思っていました」
ボディビル大会に臨む女性会社員の姿を描いたデビュー作「我が友、スミス」が、すばる文学賞佳作に選ばれ、芥川賞の候補となった石田夏穂さん。このたび上梓した『ケチる貴方』には、身体性に根差した二つの作品が収録されている。
「元々サスペンスや推理小説がすごい好きで、テロリストの話などを書いていました。それがあまりにもダメダメで。身近なことをテーマにしてみようと、そのとき興味があった脂肪吸引の話を書いたんです」
脚が太いことを気にして脂肪吸引を繰り返す女性が主人公の「その周囲、五十八センチ」は、大阪女性文芸賞を受賞した。
本書のもう一つの収録作で、野間文芸新人賞の候補に選ばれた「ケチる貴方」は、冷え性がテーマ。主人公の佐藤は、備蓄用タンクの設計施工を請負う会社で働いている。自身の仕事をこなしながら、生まれつきの冷え性と格闘する日々。ホットヨガ、白湯、ヘム鉄のサプリを試して、カイロを体に直貼りしても、35度未満の桁外れに低い体温に変化はない。他人に気を配る余裕はなく、財布の紐も、ちょっとした手伝いも、人を許せるか否かにしても〈どの項目でも私は百点満点のドケチ〉だ。
「寒くなると、『私の体についている筋肉や脂肪、これを燃やして温かくなればいいのに』って昔から思っていたんです。その体の出し惜しみしている感じが、不思議だった。でも、それはひょっとすると、私の意地悪なところと同じなのかもしれないと思って」
そんな佐藤が、新入社員の教育担当を命じられた。不本意ながら親切な態度を取ると、体温に大きな変化が現れる。以後、彼女はどんなことにも寛容に振る舞うようになっていくが……。
「主人公は、冷たい体や意地悪な性格を自分でも嫌だと思っているのですが、そのことが職場での尊厳を守っていた側面もあるかもしれなくて。自分の体、性格はこうだけど……それでも生きていくしかない。そんなことを考えていました」
塩害を受けたタンクの損傷度の測定から、見積書作成時のエクセルのショートカットキーまで。非常に細かく書き込まれる仕事のディテールも、本作の読みどころになっている。
「私はふだん建設業界で働いていて、関係業者さんにタンク会社の方もいます。工場にあるタンクと言えば、まず球形タンクをイメージされると思うんです。丸くて親しみやすい形をしているけど、実は外と接している表面積が一番小さく、心を閉ざしているような形状でもある。それも面白くて、書いてみたいと思いました」
会社員でもある石田さんは、出勤前の早朝や休日に小説を執筆している。
「自分自身というより、あくまでも主人公を描いていきたいです。私は無趣味ですし、自分のことを書いてもつまらないので。“こういう主人公で”と考える方が楽しいですね」
周りの人を観察することが、執筆のヒントにもなっているという。
「最近ちょっと面白いと思ったのは、工事現場にいる安全監督の人の几帳面さ。普通のおじちゃんなんですけど、安全記録を書くときの字が、ものすごく綺麗で。
私は人間関係とか、痴情のもつれ、親との確執などに、多分あまり興味がないです(笑)。普通の人が働いていて、その人だけが知っている“このコツ”みたいなものを書いていきたい」
いしだかほ/1991年埼玉県生まれ。東京工業大学工学部卒。2020年本書収録「その周囲、五十八センチ」で第38回大阪女性文芸賞を受賞。2021年「我が友、スミス」で第45回すばる文学賞佳作、同作で第166回芥川龍之介賞候補。2022年本書表題作「ケチる貴方」で第44回野間文芸新人賞候補となる。