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ひらりさが『エルピス』佐野亜裕美と考える、「ハラスメント」「泥沼の友人関係」「キャッチーなラベリングの功罪」

『それでも女をやっていく』対談

genre : ライフ, 社会

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ひらりさ 専門家というわけではないので私がお引き受けしていいのか悩んだのですが……。自分が編集者やライター、10年以上Twitterをやっているのもあり、同世代の女性たちとコンテンツについて議論を交わす機会は多い。そこで培ってきた感覚と、大学院で学んできたことを組み合わせることで、別の視点をもたらすことはできるのかなという気持ちで引き受けました。半分まで完成している台本を読ませていただいて。

 具体的にどの言葉がどう、というよりは、ハラスメントを受けたり受ける可能性のある人が実写映像を見たときの恐怖感を意識して、撮影時にこんなふうにするといいのではないかと、メールでコメントをお返ししました。でも読んだ限り、その時点で本当に綿密に議論が重ねられたんだろうなと感じられました。ドラマの制作とは0.001ミリの調整を最後まで続けるような作業なのだなと。

 

佐野 最終的には放送してみるまでわからないことは多いのですが、一つ一つ、「これで大丈夫」だと思えるのが大事で。難しいですよね。テレビ局でドラマを作るときに、社内の様々な部署からもあれこれ意見は来るんですけど、いわゆる局員のプロデューサーは1人しかいないので、最終的にこれでOKかどうか決めるのはプロデューサーです。でも、そんな背負えないよという気持ちもあって。悩みながら作りあげていきました。

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テレビの業界で変わらなかったこと

――『エルピス』は2018年から2020年の設定で、2018年はMeToo運動が広がった時期とも重なります。村井のキャラクターは、結果的にどう変わっていったんでしょうか。

佐野 村井自身はそれほど大きく変わっていないんです。長澤まさみさん演じる浅川恵那に対して、「おばさん年だけくいやがって!」「だ、大丈夫か? 更年期か?」といったセリフがありますが、村井は悪意のある嫌味として言っているわけではなく、本気で更年期だと思っている。それが伝わるように怒鳴ったり笑いながら言うのではなくて、本気で心配して言う……台本から演出で変わる余地も大きいので、そういう微調整を積み重ねていきました。

 作家は信念を持って村井という人を書いているので、村井の行動軸は変えませんでした。たとえば2017年と2022年って、テレビの業界で村井みたいなセクハラ、パワハラ発言をするような人が、根っこの部分で変わったかといったら、変わっていないと思うんですよね。だんだんと職場の環境やムードが変わったから仕方なく言わずにいるだけの人もいるというか。

 映像業界自体、男性が多い上に、技術部はチーフが男性で女性はアシスタントだったり、一方でヘアメイクさんや衣装さんは女性が多かったりと役割がかなり固定化しているのは変わりません。そういった状況をふまえて、村井が全スタッフから受け容れられているわけではないことを描写する。それは周囲の芝居や、木嶋というADの女性がとにかく村井の発言を不快に思って憤慨しているセリフやシーンを足したりすることで表現しようと、そういう議論を重ねました。

 

ひらりさ いまは2018年頃と比べると、視聴者がもっと“SNSになっている”というか、すごいスピードで反応が届きますよね。ドラマのリアルタイム視聴だけでなく見逃し配信もすぐ始まって、ソーシャルメディアの速度はより速く、良くも悪くも反響が集まりやすい時代になっている。制作側がどこまで気にして、どこから気にしないかという線引きが相当難しいのかなと思います。

佐野 そうなんですよね。どのドラマでも、最終回が終わった後に「がっかりしました」「期待していたのに」という感想が届くことはあります。あるセリフにものすごく引っかかる人がいたり。でも受け取り方は人それぞれな訳で、届く人には届くし、放送したらドラマは視聴者のもの。そういうつもりでやっていかないと、もたないです。人間というのは多分に不可解なもので、善悪で人を分けることはできないし、この世に本当に正しいことなんて、たぶんない。ハラスメントをするような人にうっかり救われちゃうことだってある。じゃあその上でどうしていくか、みんなで議論していこうというのが『エルピス』チームの共通理解でした。

反応がほしいし、反応ありきだった

ひらりさ 私はデジタルネイティブで、中学は個人サイト、高校の頃はmixi、大学時代にTwitterを始めて、もうインターネットにずっとアイデンティティがあるんです。書き手としてのキャリアもウェブメディア発ですし、PV文化のなかで培ってきました。そうすると、基本的には反応がほしいし、反応ありきです。するとどうなるかというと、自分の意見を言語化する時点で、メタな自分がいるというか、周りの反応ありきになるんですよね。

『それでも女をやっていく』は2020年からウェブで始めた連載を元にしているのですが、フェミニズムや女性を取り巻く社会問題を書いていても、序盤は「いい子」というか、自分がやられた悪いことのほうが書きやすかった。読んだ人も「それはよくないよね」って言いやすいじゃないですか。だから、大学で受けた同級生男性からの暴言エピソードとかは、私のなかでは書きやすいことでした。